N.GKS(エヌ・ジクス)のblog

海外での植林ボランティア活動を実践するN.GKS(もと緑の協力隊・関西澤井隊)のブログサイトです。

2006年08月

前回記事で午前中に沙漠にポプラを植えたわたくしたちは、レトルトカレーの昼食後、
砂嵐や雷雨の様子を見ながら、少し成長している森の剪定作業にでかけました。

前回記事で植えた、こんな状態の苗木が・・・
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5年ぐらいで、こんな感じになります。
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すでに地中には、幹の何倍もの長さの根が拡がっており、砂は定着して限りなく土に近い感触になっています。黄砂が飛んできてもここが再び沙漠になることはなく、栄養分に富んだ肥料として固定するでしょう。
こうなると少々の日照りや洪水でも枯れたり流されたりすることはなくなり草も生え虫さんたちもきて、それを食べに来たトリさんのフンにまぎれたタネも芽生え、ある程度の生態系が回復します。
この森も、そろそろ間伐してやらないと、ポプラが大きく成長しないのですが、そんなに大きくならなくてもいいという議論もあり、人手もなく、なかなか手入れできないのが現状であります。

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こちらも、奥のほうはちょっと密生しすぎてますね。
みんな生き生きと剪定作業をやっております。

はじめのころに植林された、華道草月流の「草月の森」という大きく育った森があります。
今回は行きませんでしたが、はじめて植林の昼食休憩で行った時、40度近い沙漠から、一歩森の中に入ると、とても涼しくて木洩れ日が爽やかで蝶が舞い小鳥のさえずりが聞こえ、まったくの別世界になってました。
ただ、それ以降も手付かずなので、それでいいのかは難しいところです。
本当に自然の森に還すなら他の植物も植えないといけないし、ちゃんとしたポプラの森にするなら、間伐して利用しないといけません。どちらにしても、手間とコストのかかることで、大変なんですが・・・

今回は画像枚数に余裕があるので、植林地のおまけ画像をば・・・にっこり
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わたくしが二年前に植えてプレートをつけたポプラであります。
下のほうからヒコバエが生えてきて、上の方はイマイチ・・・
せめて横に拡がってくれたら、砂を押さえてくれるのですが・・・

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二年前の植林地では一番大きく育っていたポプラ。
一番風上の高い位置に植えられたものですが、必死で根を伸ばしたんでしょうね。
苗木の個体差もありますが、場所によって随分と成長に差がでます。

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現地ではもっともポピュラーな「オート三輪」であります。
雨の少ない地域での、徒歩や荷車がわりには最適なんでしょうね。
ただ、田舎の都市間高速道路に行くと、これが焼きレンガや日干しレンガを満載して片側一車線の道をのんびりと走ってます。ええ、路上にレンガを撒き散らしながら・・・

で、対抗車線からも同じやつがレンガを落としつつ向かってくるその隙間を、クラクション鳴らしっぱなしですり抜けるバスドライバーの勇気とドラテクはすごいもので、バスの一番前で見てると「スーパーマリオカート」の画面そのものでした。

同様にモンゴルでも陥没だらけの道路を古い韓国製の中古バスで駆け抜けてましたが、どちらのバスドライバーも、ちょっと雨が降ると、とたんに「超低速安全運転」になって・・・必死で前を見つめ、びくびく運転になってました。
いやあ、彼ら、雨中運転には慣れてないんですねえ・・・にっこり

P.S
内蒙古での植林記事は今回でおしまいであります。
ちょっと思い入れがあったもので、いつになく主義主張みたいなえらそうなことを書きましたが、別にたいしたことをしてるわけでもなく、専門家でもないので、非礼があったらごめんなさい。
まだ、内蒙古での酒池肉林記事なんかは続ける予定です・・・チュー


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いきなり、砂漠の植林現場であります。
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(後に見えるのは砂ワサビ、枝を齧るとワサビの香りがします。旨い!)

この日は、砂嵐、ときどき雷雨、という、とてもよいお日和で・・・ううっ
画像右側の頂上、砂が右に飛んでいるのがおわかりでしょうか。
ちなみに今回の植林現場は前回紹介した中心基地からクルマで20分、道路からスコップと苗木を担いで10分ぐらいのところで、まさに沙漠緑化の最前線、ということになりますね。

まわりを見渡しても・・・
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向うに見えるのは数年前に砂丘の移動を止めるために植林した「ポプラの壁」で、なんとか育ってくれてるようですが・・・

その右側は見渡す限り・・・
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(人類が)砂漠化したままですね。

それにしても砂嵐で視界が悪く、あらゆる隙間から、細かい砂が入ってきます。
しばらくじっとしてると、風上側の耳の穴に砂が詰まってしまいます。ううっ

で、ここへ・・・
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がしがし穴を掘って、蒸散を防ぐために枝を落としたポプラの苗木を植えます。

今回の穴の深さは日本製のスコップがすっぽり入るぐらい・・・
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で、苗木を植えて、このあたりまで埋め戻し、一番丈夫そうな苗木に記念プレートを・・・
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道路の給水車から、延々とホースを伸ばし、届かないところはバケツリレーで、
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たっぷりと水をやって、周囲を雨水が入り込むように工夫して・・・
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この日は砂嵐で午前中だけの植林作業。
今回は高齢者も多く、100本ほど植えるのがせいいっぱいでした。ふう
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で、すぐ横の、2年前にわたくしたちが植えたポプラの植林地であります。
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殆どが無事に活着してるようであります。よかったよかった。
なんとなく地面の様子も、もうひとつ上の画像とはちがってるように見えませんか。
地中では、すでに根があちこちに伸びて、砂を固定してくれてます。
歩いた感触も、すこし土に近くなってます。

自分が以前に植林した場所へ行くと、自分のプレートをつけたポプラが無事に育ってるのを見つけて感動のあまり泣き出す隊員が必ずいます。じつはわたくしもそうなんですが・・・
一度参加した隊員が、何度も参加する理由はこのあたりにあるのでしょうか。

98kプレート付きのポプラ、がんばれ!ついでにほかのもね・・・

ぐだぐだとP.S
以前にコメント欄にも書きましたが、我々日本人が植える木の数なんて、たかが知れてますし、活着するまでの水やりなどをしてくれる長期ボランティアや現地スタッフの努力で、なんとか一部が生き延びているというのが実態です。
事実、わたくしたちの三度目の植林で、一番水利のよさそうな低地に800本を植えたところは、洪水でほぼ全滅してしまいました。
それでもわざわざ日本から木を植えに行ってると、現地でもやがて大きな動きになり、なんとか沙漠化が止まり、前回記事で紹介したパネルのように砂が定着して保水して、農作物もできるようになり住民も戻ってきます。

何度も書きますが、このあたりはもともと豊かな森林だったところが人類の営みでどんどん沙漠化しているところです。
この植林を自然破壊だといって非難している日本の有名な学者もいます。
雨の全く降らない、もともとの荒漠地に普通の木を植えても育ちませんし、そんな自然環境までも変えるような緑化は、また別の次元の話だと、わたくしは思っています。
ま、それを大規模にやろうとしている動きもあるようですが・・・

また、わたくしたちがここで植えているのは現在のところポプラばかりですが、これを非難する人たちも大勢います。これには賛否両論がありますが、安くて(これが重要)、根も幹も成長がはやくて、一度活着すると沙漠の日照りや洪水にも強いのがポプラです。
とりあえずそのポプラで沙漠化をくいとめ、農業ができるようにする、というのが遠山先生の考え方でした。

とりあえず農業ができるようになって、ある程度豊かになったら、もともとあったニレやマツなども植えて人と自然が共存すればいいと思うのですが、こんな考え方を、人類のおごりだ!すぐにもとの自然にもどせ!という、現地の貧しさを知らない学者や環境保護活動家もいるわけで・・・

ポプラだけの単植だと病虫害で全滅する可能性が高いのは事実ですが、ここに手間のかかる高価な木を植えて、ちゃんと成長させるのには、どれだけの労力とコストがかかるか・・・
たとえ現地を知らなくても日本の荒廃したスギやヒノキの植林地を見れば、わたくしのような素人にもわかることなんですけどね。ぶつぶつ

ううっ、書いてて、だんだん腹が立ってきた・・・

自分の庭先で植木を手入れするのとは、わけがちがうんだぞ!
やせ衰えた自分のヒツジに命がけで苗木を食べさせる、貧しい住民もいるんだぞ!
ちょっとした洪水で、人もヒツジもポプラも、いっぱい死んでるんだぞ!
がるるるる怒る

ボルネオの熱帯雨林だって、ゴムやアブラヤシ収入にかわる木材収入なども考えないと・・・
違法な伐採の取締りはM-16を担いだ兵士が銃撃戦覚悟でやってたんだぞ!
それでも命がけで伐採や焼畑にくる、貧しい住民がいるんだぞ!
がるるるる怒る

わっ、もうすぐ夜明けじゃないかっ!
週末とはいえ、徹夜してしまった・・・もう寝ます。
次回記事では、この日の午後に行った、ある程度成長したポプラの剪定作業などを紹介する予定です。


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やっと中国・内蒙古自治区クブチ沙漠の植林基地、恩格貝までやってきました。
わたくし、ここに90年代から、ちまちまと木を植えております。

まずは、今年新しくできた、ビジターセンターの展示パネルから・・・
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画像が見にくいですが、上が1990年、下が2004年の現地であります。
わたくしがはじめて行った時は、下のパネルの中央右側に見える逆コの字型の建物、レンガ造りの研究・宿泊棟なんですが、これが一番大きな人工物で、その周辺以外はまだまだ上のパネルのような地肌が見えてました。
それが十数年の植林で、噴水の手前に新しくできたホテルから見渡せる限りのご覧の範囲までは、再び緑の大地に生まれ変わり農作も可能になってきたのであります。

で、次のパネル
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右がわたくしの尊敬する故・遠山正瑛先生、左が江沢民1996年当時の国家主席であります。

遠山先生は、鳥取大学の砂丘研究所を退官されてから中国西北部の沙漠緑化にたった一人で取り組まれ、このクブチ沙漠に来られたのが1990年、わたくしが現地ではじめてお会いした時には、
すでに90歳を越えておられましたが・・・

朝は誰よりも早くスコップを担いで植林地に行かれてました。
我々、日本からの短期ボランティアと話すのが本当にうれしそうで、「わしは80歳でタバコを、90歳で酒をはじめた。100歳になったら女遊びを・・・がははは」といっておられましたが、一昨年、98歳の生涯を閉じられました。
「わしはこのクブチ沙漠に骨を埋めるんじゃ」とも、よくいっておられましたが中国政府の手によって、現地に立派な銅像や御廟が完成していました。

晩年、アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞も受賞され、NHKのプロジェクトXでも取り上げられた人物ですが、ずっと日本との往復は我々と同じエコノミークラス、しかも北京と包頭の往復は硬座の夜行列車!これは、さすがのわたくしでも疲れるんですが、先生は週に何度も北京や日本へこれで往復されてました。

何度か同行した機内では、トイレ前でタバコを吸ってて中華航空のおねいさんに叱られ、
「先生、こっちで吸わないとだめじゃないすかぁ。」
「おおっ、タバコまだあるか、1本くれい。」と、もらいタバコしたついでに、
わたくしのような素人にまで延々と夢を語るような、本当に気さくで無邪気な方でした。
(ま、中華航空も、とうとう全面禁煙になってしまいましたが・・・ううっ)

先生の活動に賛同した日本の企業、労働組合、大学や高校をはじめ、華道の草月流、仏教等様々な宗教団体など、いろんな団体の協力や外務省の援助もありましたが、やはり圧倒的多数は個人の資金と手によって、今では300万本の森になってます。

現在は遠山先生の日本沙漠緑化実践協会を離れた多くの人たちが、中国各地の荒漠地で独自の活動をしておられ、ま、わたくしも(鯨飲馬食ツアーで)恩格貝以外でもちまちまと・・・

国家主席との会談と前後して、中国でも緑化政策が本格化し、包頭からの道路も整備され、あちこちで緑が見られるようになってきました。ま、政府要人などから見えるところだけ、とゆーハナシもあちこちで聞きましたが・・・

おかげでここは有名な観光地になり、中国のあちこちからも観光客が・・・
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で・・・
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この「恩格貝はあなたを歓迎します。」の横断幕・・・
よく見ると・・・
「熱烈歓迎日本朋友光臨恩格貝」の横断幕の裏を使ってるんですね。
うーむ、日本からの植林ボランティアが多い時には裏返すのか・・・
それとも、もう使わなくなってしまったのか・・・

ちょっと前までは、その都度、それぞれのボランティア隊の名前を書いた、
歓迎の横断幕を掲げてくれてたんですが、さすが合理的というか現実的というか・・・
ま、関心が高まり、中国人観光客が増えているのはいいことなのですが。にっこり

次回記事以降では、実際の植林現場などを紹介する予定です。

P.S
もとは森林だったクブチ沙漠、中国では10番目ぐらいのちっちゃな沙漠ですが、それでも四国ぐらいの面積があり(ちなみに北京市と天津市を足すと、やはり四国ぐらいになります。)そのうち緑化できたのは、僅かに大阪市内ぐらいの面積です。
我々のような日本人ボランティアだけで緑化するには、あと百年はかかるでしょうが、中国の人たちが一人一本植えてくれると数年ですべてが緑の大地になります。
ま、貧富の差が広がっていることもあり、そう簡単にはいかないでしょうから、ま、ちまちまと・・・

 
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4日目の朝、モンゴルからいったん北京へ戻るため、空港道路を空港に向かいます。

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二日目に植林したところはウランバートル市役所の造園部の方が手入れをしてくれてました。

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空港へのゲート

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門には大阪の伊丹空港と同様に、その地名である「ボヤント・オハー」と書かれてますが、
ウランバートルのボヤント・オハー空港は、建国800年を記念して、今年から・・・
「チンギス・ハーン空港!」になったのでありますね。きっぱりと
ビールといい、ヴォトカといい・・・ま、中国の大熊猫ブランドみたいなもんか・・・

で、そのチンギス・ハーン空港であります。

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空港前の丘には、住宅街が拡がってました。

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これがモンゴル国で最後の画像、いよいよお別れであります。(やっとTシャツが変わっているぞ!)
思い起こせば、この下の駐車場でM.M.P(モンゴリア・ミリタリー・プログラム)のナランさんと、
固い握手を交わしてから、あっという間の4日間でした。
きっと、また来るからね、バイルタェ(さようなら)、バイルラー(ありがとう)、モンゴル!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・国境線・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





いきなり北京市街であります。にっこり

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なんか空の高さが一変したなあ・・・ともかく見渡す限りの建設ラッシュでした・・・

モンゴルから中国・内蒙古はお隣なんですが、直行便はなく北京で国内線に乗り換えます。
で、夜の内蒙古自治区、包頭行きの国内線に搭乗するまでに僅かな時間があったので、
歴代皇帝が天に祈ったという、北京の天壇公園を見学したのですが・・・

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なにやら怪しげなものが・・・

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皇帝が全国から集めさせた、天から降ってきた石(隕石)だそうですが・・・


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ど、どう見ても怪しかったです・・・困った

閉園間際に短時間だったので、全体の一割も見学できませんでしたが、その後、市内のレストランで、久しぶりの本格中華を急いで食べました。

ちなみに、レストランの男子用トイレにあったアウトドア用品の広告であります。

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フランスのペツル、スペインのバフ、スウェーデンのプリムス、イタリアのガルモント。
ううっ、滅多に買えない高級品ばっかり・・・
原創頭灯→オリジナルヘッドランプ、多功能頭巾→マルチパーパスバイザーなんでしょうね。
モンゴルではキリル文字ばかりだったので、漢字を見るのがうれしいです。

で、北京から包頭までは、夜行列車で行った時は延々15時間かかったんですが、今回は国内線ジェット、僅か1時間で到着であります。
包頭から黄河を渡って、クブチ沙漠の緑化基地である恩格貝までは、これも昔は未舗装の悪路をバスで5時間以上かかったのが、今回は2時間足らずで着きました。

ただ、深夜にバスで大平原を突っ走る間じゅう、ずっと空中を横に走るカミナリが左右で光り続け鳴り続け、近くに落雷したりして、とてもこの世のものとは思えない音と光が漆黒の闇の中で続いてました。

内蒙古の1日目は、とんでもない自然現象の歓迎を受けたのであります。雷

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今回は、北京とモンゴルでの、わたくしのつつましい食事なんぞをまとめてご紹介・・・

あは
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関西空港から北京への中華航空の軽食と燕京ビールであります。2本おかわりしました。
これで当分、日本食ともお別れであります。関西空港で搭乗前にざるそば定食を食べたばかりだったけど、おいしくいただきました。げふっ

あはは
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北京市内での「広東風・北京料理」と12年ものの紹興酒で、1日目の夕食であります。
ええ、何本おかわりしたかは覚えておりません。
ビールはここでも燕京でした。何本飲んだかは覚えておりません。あははは。

困った二日酔いマーク困った

翌日の早い朝食は、ドイツ系からスイス系に経営者が変わった空港近くのホテルで、洋風中華風取り混ぜてのバイキングでした。ここの焼きたてパンはいつもおいしいです。

北京からウランバートルの機内での軽食は熱々の中華風ハンバーガー、でもさすがに射撃を控えてるのでビールは我慢しました。えらいぞ、98k!
そして昼食抜きで撃ちつづけ・・・

あははは
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モンゴルで1日目の夕食は、とてもおいしい「チンギスビール」とロシア風ディナー!
空腹のため、まず飲み食いして、ジョッキが間に合わずにちがう種類のジョッキででてきたころで、ようやく一息ついて撮った画像であります。
ロシア圏はビールがイマイチ、と聞いてましたが、これは旨かったです。
ちなみに昼食をたらふく食べた他の隊員たちから、ステーキをいっぱいもらいました。ぐふふ

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レストランでの夕食を終えて撮った、午後九時半ごろのウランバートル市内であります。
ようやく陽が傾きかけております。

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ホテルに帰って11時すぎにようやく暗くなりました。でも、空にはまだ残光が・・・
ホテルの部屋では、柿ピーと空港で買ったシーバスリーガル500mlペットボトル、なくなれば、このペットに現地の安い酒を詰め替えて旅を続けます。
市内でも標高が1500m近いため、けっこう酔いが廻ります。ぐびぐび

困ったまた二日酔いマーク困った

画像はありませんが、翌朝の朝食はホテルのロシア風バイキング、わたくし、バイキング食べ放題というのがとても好きであります。がつがつ

で、
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モンゴル二日目の昼に、やっとモンゴル料理が・・・

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包み物の中身も、ヒツジ、ヒツジ、たまに野菜、ヒツジ、ヒツジであります。

ウランバートル最大のデパートに立ち寄ったのですが・・・
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パラソルの下は、露天の「公衆電話屋」さんであります。

なにやら、影の千人隊長に似た看板も・・・
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で、モンゴル二日目の夕食であります。
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ヒツジ、ヒツジ、野菜、ご飯であります。このヒツジ、シンプルな塩茹でで旨かったです。
なんでも大きなミルク缶にブツ切りの羊肉と岩塩と焼き石を入れて蒸し焼きにしたとか・・・
わたくし基本的に、シンプルな肉料理が大好きです。

この大きな塊も、他の隊員たちから次々とお恵みが・・・
がは、がは、がははは、いくらでも食べられます。がつがつ

ヒツジとチンギスビールの夕食後は、柿ピーやほていの焼き鳥、岩塩、キャビアを肴に、
満天の星空の下、黒チンギスヴォトカのお湯割りをかぱかぱと・・・
「ほぉのぼのあかりぃてぇ、なぁがるるぎんがぁ、
  おぉりおんまいたぁちぃ、すぅばるはさざめぇくぅ・・・とくらあ!」
「おう、次は高原列車いこう、高原列車・・・
  きぃしゃのまどかぁらぁ、はんけちふればぁ、まぁきばのおとめぇが・・がははは」

困ったまたまた二日酔いマーク困った

モンゴル三日目は、朝、昼、夜ともにロシア風でしたが、やはりヒツジが多かったです。
ま、ずっとチンギスビールは追加してましたが・・・
この日の夕食は、わたくしと息子にはちとボリューム不足でしたので持参したカレーうどんのカップ麺をお夜食に食べました。
カレーうどんやラーメンが、わたくしにとっては日本の味なのであります。
モンゴル最後の夜、他の若手隊員(といっても今回はわたくしと同世代・・・ううっ)が、高級クラブで豪遊したらしいのですが、お値段は一人20ドルだったそうです。
うぐぐぐ、行けばよかった・・・

笑い翌朝はめずらしく元気!笑い

4日目のホテルでの朝食を最後に、中華航空の機内食から再び中華料理に戻りました。
ま、これからの中国・内蒙古自治区でも酒池肉林は続きますが・・・
あは、あは、あははは・・・げふっ



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8月14日夜のTV東京系番組「カンブリア宮殿」で、前回記事で紹介した「モンゴル建国800年記念騎馬隊イベント」をやってましたね。
このイベント、日本のH.I.Sの社長がプロデュースしてたんですねえ。
そういえばアナウンスもモンゴル語と英語と日本語でしたし馬乳酒のコーナーにも「お腹が痛くなることがあります。」と日本語の注意書きもありました。

ま、今年は日本の首相や元首相が次々と訪問し、共同制作映画の大作も撮影中、さらに日本の大手旅行代理店が観光に力を入れているというのはモンゴル国にとっては頼もしい限りなんでしょうが・・・
どこかみたいに日本人が大挙して押し寄せ、リゾートホテルが乱立して環境破壊という図式にならないように願うばかりです。

といいつつテレルジ国立公園内で、乗馬とゲル(テント)泊を大挙して楽しんできました。にっこり
ま、植林を終えたモンゴル二日目の夕方から翌日の午前中いっぱいという非常に日本人らしい、
短い期間でしたが・・・

宿泊したテレルジのゲル、中国語ではパオ(包)であります。
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で、下の画像の方が、このゲルの主、影の千人隊長であらせられます。
じゃーん!
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まっ、またおんなじTシャツやないかいっ・・・
しかし、このコンバースのキャップ、再帰反射テープがストロボでよく光るなあ・・・

笑い

笑い

笑い

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夜10時すぎの画像であります。
夕暮れになると気温がどんどん下がり、明け方には5度ぐらいになります。さすがのわたくしも、クールTシャツ一枚では寒くなってきたので、ストーブに火を点けようとしたのですが・・・

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キャンプ場の女の子が通りがかりにやってくれました。
どのスタッフも純朴で気立てがよくて働き者で・・・ラブ

朝の六時前にも別の女の子が来てくれましたがゲルは羊のフェルトを巻いてあるので断熱性が高く、朝夕2回の薪で充分暖かでした。
ちなみにマイナス50度にもなる真冬はフェルトを五重ぐらいに重ねて巻くそうです。

さて、夜もやっと更けてきて、ゲルの門前で持ち寄り大宴会をおっぱじめ、「黒チンギス」ヴォトカとほていの焼き鳥ですっかりでき上がり「こぉがらしとだえてぇー」と絶叫していたわたくし・・・
突如、隊員のみんなに・・・
「たっ、たらいまより、わたくひ、懐中電灯の照射比較をやってきまひゅ!」
「な、なんじゃ、そりゃ?・・・ま、そっとしておいたほうがいいぞ・・・」
にっこり
で、たぶん世界初のゲルへの照射比較画像であります!VS
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完全に出来上がっていたので、どうやって撮ったのかも覚えておりませんが、
左がSuperFireのSF-501、右やや下がFENIXのL0Pのはずであります。
もちろん、距離等のデータは一切不明・・・

じつはこの夜の三時ごろ、おしっこに出たわたくし、すごい星空を見たのですが、IXY50の手持ちで撮影を試みる気力は残っておりませんでした。ううっ
alaris540さんが居たら、きっと喜んだだろうなあ・・・キラキラ

さて、翌日は朝から乗馬であります。
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サラブレッドやアラブ種に較べて、ちと、ちっちゃいような・・・
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初心者は引き綱で、騎馬軍団の影の千人隊長といわれるわたくしは小学生のインストラクターから鞭を取り上げて借りて(ま、ただの結び目のあるロープでしたが・・・)単騎で草原を疾駆したのですが、馬も鞍もちっちゃくて、やがてお尻の皮がズルズルに・・・
(その状態で数日間、悪路の続く長時間のバスは、まさに地獄でした。)

このあたりは川に近いので、森もあって、まわりにはお花がいっぱい。
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そして乗馬コースになっている草原には、見渡す限り・・・
ドイツ山岳兵徽章エーデルワイスが咲いていました。
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ええ、この一面のエーデルワイスの中を単騎で駆け巡ったんですが・・・
これって・・・もし日本でやると・・・困った


追加P.S
このキャンプ場には日本から乗馬のためにやって来たグループが滞在されてました。
日本の乗馬クラブの一鞍(1時間程度)分で一週間は一日中乗れると、鞍や乗馬靴を持参されてました。
射撃や乗馬を楽しむなら、夏のモンゴルは最高ですね。
往復旅費や宿泊代を考えても日本などよりはるかにお安く、しかも大自然の中で楽しめます。
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えーっ、モンゴル滞在三日目に・・・

モンゴル建国800周年記念騎馬隊イベント
チンギス・ハーン
800年目の帰還

ユーラシアの祝祭
とゆーのを見物してきました。
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えーっ、ま、ガイドブックそのまんまなんですが・・・にっこり
ウランバートルからクルマで40分ほどの草原の特設会場で八月末までやってるそうです。

で、登場する騎馬軍団が、なんと500騎!
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太鼓の響きとともに、一斉にこちらに向かってきました。
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弓、槍、刀や馬術の競技、出陣式などを披露してくれるのですが、
特に目の前で展開される模擬白兵戦はすごい迫力でした。
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ちなみに、ガイドブック表紙にもあるこの槍先が、現在のモンゴル国軍の紋章になってます。

で、模擬白兵戦
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日本なら超一流の馬術スタントマンしかできないような高度な馬上テクニックを、500騎全部が猛スピードで駆け抜けつつ披露してくれます。

彼らはモンゴル軍の現役軍人だそうですが、モンゴル軍の現有兵力はウィキペディアによる9100人ですから、予備や裏方まで含めると、全兵力の一割近くが、このイベントに参加していることになりますね。陸軍だけだとすると、もっと高率になるか・・・

怪我もしょっちゅうみたいで、こんなクルマも用意してありました・・・
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モンゴルの騎馬軍団は、1000人程度の兵を供出できる部族長が千人隊長、以下、百人隊長、十人隊長と、十進法で統率されていたらしいのですが・・・

500騎なら千人隊長はいずこに・・・

じゃーん!

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護衛に守られた中央の方が、影の千人隊長であらせられます。ははーっすいません
(しかし、毎日同じTシャツを着てるな・・・洗ってますよ、一応・・・)

で、彼専用の運転手つき特殊車両であります。
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彼の征服した領土の地図もありました。
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中央の赤く囲ってあるのが現在のモンゴル国、それと万里の長城との間が、現在の中国・内蒙古自治区であります。漢民族が自分たちで「この長城から外はモンゴルでちゅよ。」と、つくったのですから歴史的に仲が悪いのはもっともか・・・

「チンギス・ハーン時代の栄光を再び!」というスローガンも繰り返されてましたし、(でもそれ以降800年間、外国と戦争していない平和な国なんですが。唯一の例外とされるノモンハン事件だって、モンゴルが外国を攻めた、というもんでもないし・・・)

今までやってた米軍との合同演習(いつか、G3さんが画像を紹介してくれましたね。)
を8ヶ国に拡大した、「国際平和維持軍合同訓練、カーン・クエスト」も8月11日から始まってますし、モンゴル陸軍兵士も、オダギリ小隊長も大変お忙しいと思いますが、頑張って下さいね。
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えーっ、今回のモンゴル・内蒙古ツアーは「実銃撃ちまくり」と「鯨飲馬食」が目的!
・・・ではなかったのであります。
あくまで、「植林・緑化」が目的!

のツアーだったんですね。ついつい忘れていたぞ・・・ううっ困った

わたくし、樹木にはまったくの素人なんですが、ひょんなことから90年代から数年に一度ペースで、中国西北部に急速に拡大している沙漠にちまちまと木を植えております。また、数年前には乱伐で荒れたボルネオの熱帯雨林にもちまちまと植えてきました。

ご承知の方もおられるかも知れませんが中国西北部では、どんどん沙漠化がすすんでました。黄土高原と呼ばれる万里の長城から西北側は、もともと肥沃な土地で森林も豊かでしたが、長城を築く大量のレンガを焼くため、また、侵入してきた北荻や西戎をいち早く見つけるために、昔から、どんどん木を伐採し続けたのであります。

特に近代化以降は、開発による工業用水や農業用水の大量取水などにより沙漠化が加速され深刻な飢えや水不足が発生し、地球環境にも貧困による紛争にもいずれ大きな影響を与えることになります。詳細は内蒙古の記事で紹介したいと思いますが、人類が沙漠化した土地を、元の豊かな土地に戻せば、人々も豊かになり、貧困による紛争もなくなる、ついでに日本に飛んでくる黄砂も減るという、ささやかなボランティア活動なのであります。

いっぽうモンゴル国は、西のアルタイ山脈、南のゴビ沙漠はありますが、国土の七割を占めるなだらかな高原地帯は草原で、まさに大草原の国であります。この国でも荒漠地は拡がっているらしいのですが、今回ツアーまでその現状は知りませんでした。

こちらは鉱山開発や過放牧などで急速に草原が荒漠地化しており、その草原維持に必要不可欠な数少ない森林地帯も、やはり開発で急激に減少しているようです。
寒冷で乾燥しているため樹木の成長には恐ろしく時間がかかり、草原を涵養し河川の水量調節の役目も果たしている森林の保護と再生が急務なんですが、もともと牧草という恵みをもたらしてくれる神聖な「大地」に手を加えること自体をタブーとし、埋葬をはじめ農業や林業とは縁のなかった遊牧民でしたから「木を植える」こと自体、まだまだこれからといった状況のようです。

中国が最近になって、やっと緑化政策に本腰を入れてくれてるので(我々の活動も大きな一因だと自負しています。)今回、モンゴル国にも足をのばそうと、日本モンゴル親善協会をつうじてウランバートル市役所に打診、状況把握をメインにした植林と風土を知るツアーが企画された次第です。
ま、わたくしはあくまで宴会要員なんですが・・・

それに今年はモンゴル建国800年記念、つまり、チンギス・ハーンのユーラシア制覇から800年目!の年でしたし・・・

と、前置きが長くなりましたが、あらためてモンゴルの大草原であります。
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うーむ、上空から見れば、まさに草原の国・・・白いゲル(テント)が見えるぞ!

地上に降りてみると・・・
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や、やはり草原・・・

バスでいくら走っても・・・
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草原であります。

さらに走っても・・・
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草原であります。

走っても走っても・・・
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草原であります。

ほんまに草原の国やないかいっ!

三日間で数百キロは移動しましたが、ウランバートル市街以外は、殆どこんな光景でした。

丘の中腹以上に、僅かに低木はあるのですが、基本は草原であります。
やはり降雨量が少なく冬はマイナス50度にもなるため高木はなかなか育たないようです。
ま、北側斜面の中腹以上では僅かな積雪が残るため低木が育つらしいのですが、降雪量の多いロシア側に近い北部のほうが、かえって針葉樹林帯が広がっているとか・・・

とりあえず今回はモンゴル滞在二日目に、空港道路沿いに植林しました。
ま、植林といっても数量的には記念植樹の域をでませんでしたが・・・
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植樹用の穴も、殆どウランバートル市役所の造園部と陸軍とで掘ってくれてました。


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わたくしは植樹してるみんなの目を盗んで、すぐにスモーキングタイムであります。
ちなみに1日目と同じ格好ですが、Tシャツはホテルのバスルームで一応洗ってます。

幹線道路沿いなので、マンションデベロッパーの看板もでています。
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現地では、ウランバートル市役所の造園部長とこちらの隊長が、
親善協会の通訳で話をしていたのですが、かなり見解が異なるようです。
「日本モンゴル親善協会で植えてもらった木は、毎日たっぷりと水をやっています。」
「最初は水が必要ですが、やり続けると根が伸びません。それに葉っぱは蒸散を防ぐために、
すべて落としておきましょう。」
「生きている葉っぱを落としてはいけません。」
「雨の少ない日本の沙漠では、根付くまでこれが有効なのです。」
さすがに隊長、「中国の沙漠では、」といわない配慮をしています。
でも、雨の少ない日本の沙漠って・・・この言い換えはちと無理がありましたね・・・にっこり

ウランバートルでは「植林」は「造園」部長の担当で、親善協会にも緑化の専門家はおられないようなので、お互いにこれから勉強しないといけませんが、お役にたてることもありそうです。

もっとも、わたくし自身は、専門家でもなんでもないのですが・・・
ま、「世界どこでも宴会」で仲良くなるのは得意なのであります。乾杯

次回はいつ参加できるかわかりませんが、機会があればご一緒しましょう。
 
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モンゴルでの射撃記事は今回が最終回、いよいよ一度は撃ってみたかったAK実銃の試射であります。きっぱりと
わたくし、はじめて買った東京マルイの電動エアガンがAK-47でした。
で、すぐにM-16ベトナムバージョンを追加購入し、ブラックパジャマなんかも揃えて「ひとりナム戦ごっこ!」をやっていたのでありますね。あははは、くっ、暗い・・・

アブトマット・カラシニコーバ、1947年式・・・

大戦末期のドイツ突撃銃を参考に設計され、世界中でコピー生産やライセンス生産され、
世界中の紛争地域で、今でも主要銃として使用されている堅牢な銃であります。
子どもにまで使わせる側や、あちこちに輸出する側の論理の是非は別として、この銃そのものは、紛れもなく世界に誇れる「名銃」でしょう。そのロシア製の純正品、しかも改造されていない軍制式銃で軍用フルメタルジャケット弾を試射するのであります。

今回わたくしは、AK-47の改良型、AKMを選択しました。AK-47からの改良点などは、前々回記事のコメント欄にいただいたオダギリ小隊長殿の詳しい解説をご覧下さい。
40発がワンセットになってましたが、わたくし、フルオートでも撃ちたかったので、2セット80発をお願いしました。うふっ

まずはセミオートによる試射であります。
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これが7.62mm軍用実包、右の弾頭を緑色に塗ってあるのは曳光弾で3発に1発程度、混合してプラのマガジンにチャージしていきます。(この画像、AKMで使った「ロシアンショーティ」ではなく、モシン・ナガンで使った「ロシアン」だそうです。詳しくはオダギリ小隊長殿のコメントをご覧下さい。すいません)

最初はおとなしく砂袋に固定させて撃っていたのですが・・・
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やはり、両手だけで構えて、きちんと頬づけしないとね!マガジンじゃまになるし・・・

当たり前の話ですがトイガンと違い、きちんと肩づけ頬づけして10発も撃つと肩と頬が反動で痛くなってきます。この銃、マガジンに30発フルチャージすると5kg近くになるのですが確かに撃ち易い銃で、セミオートなら弾着もきれいに収束しました。

トリガー上部のセーフティレバーが一番下の位置になっているのがおわかりでしょうか?
これがセミオート単射の位置で、時計と逆廻りに水平にするとフルオート連射、さらに上にあげると、セーフティ安全の位置になります。つまりセーフ位置からいきなりフルオート位置になるわけで、日本でおなじみになった、安全(ア)→単射(タ)→連射(レ)というシャレが通用せず、ア、レ、タ、銃になります。あはは
いい加減な記憶では、昔のソビエト赤軍は戦場でセーフティをかける習慣がなかったから、どっちでもよかったんだとか。本当の理由はどうだったんでしょうね。

さて、最後はいよいよ、AKMのフルオート射撃であります。
「フルオート射撃は、場所を移動していただきます。」
「ううっ、どこへ連れて行かれるんだ。今日中にホテルに帰れるのかっ・・・」
ま、結果的には端のレンジへ移るだけだったのですが・・・

じゃーん!
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なんと、半地下の掩蔽壕!
うふっ、やはり、それらしい雰囲気になってきました・・・
今回のターゲットは、中央部に白い点として見える200mターゲットのさらに後方にある茶色の塊で「あれがRPG-7を二発撃ち込んだクルマの残骸で距離は概ね300mです。どうです、あれをフルオートで狙ってみますか?」
ふっふっふっ、相手に不足はないぜ・・・
やってやろうじゃないかっ!だって、マンターゲットよりでかいんだもの・・・

砂袋なんかは不要、立ち射ち姿勢で充分だぜい、ふっふっふっ・・・
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で・・・
ぱん
ぱん

発射速度が比較的遅いので、指きりで単射も充分可能であります。
ぱぱん
両目をあけてると、曳光弾の行方が見えるのですが、
どうしても片目を閉じてしまいがちになります。
ぱぱん
おおっ、二点バーストの初弾が命中したようであります。
鉄屑にフルメタルジャケット弾があたると、花火のように高く火花が散ります。

「ええい!喰らえっ!」
ぱぱぱぱん
ぱぱぱぱぱん

わわっ、すぐ近くで砂煙がいっぱいあがったぞ!

さすがに、教官が銃口を上方に修正してくれます。
四点バースト以上になると、無意識に右上への跳ね上がりを押さえようとして、
銃口が下を向くようであります。

うーむ、さすがに電動AKのような「700発一気撃ち」は実銃ではできないな。

AK-47の曲銃床を、直銃床に改良したAKMだそうですが、M-16みたいに真っ直ぐでもないし、どうしても右上がりになるような気がして、フルオート連射で弾着をまとめるのはかなり難しかったです。ま、素人がはじめての実銃射撃でフルオート連射して、初弾の何発かはヒットしたのですから、これはこれでよしとしましょう。わはははあかんべー

実銃のAKを、きちんと肩づけ頬づけして、2マガジン撃ちつくしたわたくしは、さすがに顔面と右肩がれろれろになり、残りの20発は息子に撃たせましたが、すでにデジカメを持つ力も残っておらず、残念ながら画像はありましぇん。

ふと気づくと、朝の10時ごろに機内で軽食を食べてから、夕方5時前まで飲まず食わずでありました。(ま、夏のモンゴルの夕方は10時過ぎぐらいですが・・・)
わたくし、昼食を忘れて物事に夢中になったのは何十年ぶりのことでしょう!
あとで聞くと、植林ツアー御一行は韓国資本のバイキングレストランで昼食をたらふく食べたそうで、その日の夕食のロシア風ディナーでは、腹を空かせた哀れな親子に食べ残しをいっぱい恵んでいただきました。半分に切り分けたステーキなんか二人で10枚分はごちに・・・でへへへチュー

モンゴルでの射撃記事は、今回でおしまいであります。
お世話になったM.M.Pのナランさん、ムルンバーターさん、モンゴル陸軍のみなさん、本当にありがとうございました。すいません親切にしていただき、息子と楽しく過ごすことができました。

ちなみにこのモンゴル紀行は本来の植林作業、騎馬軍団の戦い、キャンプでの照射比較!そして酒!羊料理!といろんなジャンルで、てきとーに続けますので、お付き合いくださいね。チュー


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モンゴル紀行の三回目であります。
モンゴリア・ミリタリー・プログラムM.M.Pで用意してくれた長モノは・・・
イヤープロテクター右側にあるPPSHからずらっと・・・
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(画像が少ないので、帰国した日にアップした画像の使い回しであります。)

こんなものまで揃えてあります・・・
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この折りたたみ銃剣のついたのもいいなあ。(何かで似たのを見たような気もするけど・・・)
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「それは正しくは、こう担うのですよ。」
と、モンゴル国立大学の国際経営学部を卒業してから、国境警備軍にいたナランさん
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モンゴルは北をロシア、東、南、西を中国に囲まれた完全な内陸国。
うーむ、どこの国境を警備していたのだろう・・・

こんなものまで撃てるのか!
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「すぐに弾頭を持ってきますよ。300m先のクルマが2発で鉄屑になりました。」
「うっ、撃ちたい・・・いやいや、今回は植林が本来の目的なので・・・もごもご・・・」
じつはRPG-7も、模擬弾頭ではなく実装弾なので、お値段もそれなりに・・・
ま、ぶるじょわのニャんなんとかさんなら数百発は撃つんでしょうが・・・にっこり

さて最終的に選んだのはモシン・ナガンの照準眼鏡つき狙撃銃と、
AK-47の軽量化された後期タイプでした。
まずはモシン・ナガンのスナイパーモデルから・・・
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気分はソビエト英雄のスナイパー、ヴァシリ・ザイツェフそのものであります。チュー

わたくし、学生時代に22口径ロングライフル弾は撃った事があるのですが、さすがに30口径になると、音と反動が桁違いでした。こちらも、わたくしが砂袋を調節してスリングを左腕に巻いて構えるのを見ていた教官が、ちょっと姿勢を直しただけですぐに実包を渡してくれました。

こちらはワンセット20発になっており、一回の装填で確か7発でしたから途中で2回、弾着確認に行ったはずですが、二回目の装填あたりからは面白いように弾着が収束しました。
やはりわたくし、スナイパーとしての本来の素質が・・・げひ、げひ、げひひひ

スコープから目を離さずに、ボルトを引き続けて速射、というやってみたかったワザも見事に決まりました。
あっ、ターゲットまでの距離は、ひ・み・ちゅ・・・

なかなか本来の植林にはたどり着けませんが、次回はAK-47記事を予定。うふっ
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