N.GKS(エヌ・ジクス)のblog

海外での植林ボランティア活動を実践するN.GKS(もと緑の協力隊・関西澤井隊)のブログサイトです。

2006年09月

7月下旬に行った9次隊ツアー、モンゴル国での食事は「モンゴル編」で紹介しましたが、
今回は中国、内蒙古自治区に入ってからのささやかな飲食を、いくつか紹介いたします。

わは
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深夜、横に走る雷の中を、内蒙古自治区の包頭空港からクブチ沙漠恩格貝にバスで到着して、
翌朝の朝食であります。
あと饅頭ほか数皿が出てきましたが、中華粥やゆで玉子、正面向こう側のうどんなんかは、
昔はなかったですねえ。揚げパンと饅頭と羊がメインでした。

ちなみに、ピンクのちっちゃなティッシュが置かれているのがお分かりでしょうか。
これ、並べてある皿やコップに積もる、細かい砂を拭き取るためのもの・・・
ま、わたくしは使ったことはありませんが・・・にっこり

昼は、毎回植林現場に、無償提供の「大塚のボンカレー」を運んできてもらい、
育ったポプラの森で食べてたのですが、
今回は砂嵐、時々雷雨、という天候のため、はじめて食堂での昼食となりました。
やはりレトルトカレーでしたが、何故か「ボンカレー」ではありませんでした。

恩格貝での夕食であります。
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まずは前菜から。来る度に食材が豊かになってきています。

通常は到着した時にやってもらう蒙古族の歓迎の儀式が、この夕食時に行われました。
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まずは一人一人順番に白酒(パイチュウ、コウリャンの蒸留酒で恐ろしく強い。二鍋頭酒というブランドが有名。)が注がれます。

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盃を受け取ると、モンゴル語で歓迎の歌を歌ってくれます。
この歌のあいだに、聖なる右手の薬指で、この地の天と地と人に白酒を捧げてから一気に飲み干します。最近は、飲めない人には薦めなくなりましたが、外国人未開放だった頃は漢民族のガイドから「飲み干さないと蒙古族にとっては侮辱された事になりますから、絶対に飲み干して下さい。」と何度も注意されてました。当時小学生だった息子も、大きな牛角の盃を一気に飲み干して・・・ショック
今回も現地では「どんな深夜の到着になっても、玄関で儀式をやります。」といってたらしいのですが高齢の隊員も多く、特別に翌日の夕食に延期してもらっていたのであります。

歌が続いている間は、何杯おかわりしてもいいのですが、さすがにきつい・・・ま、3杯はおかわりしましたが・・・

で、このパイチュウや大瓶5元の中国ビール、中瓶15元の牛乳ビールを飲みつつ、
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あと何皿もでてきましたが、皿に残さずに食べてしまうと、本当におかわりがでました。
食材が豊富になり、豪華な料理になりましたが、ちょっと前までは・・・
一皿目がヒツジとキャベツの炒め物、
二皿目がヒツジとタマネギの炒め物、
三皿目がヒツジとピーマンの炒め物、
四皿目が・・・と延々と続き、
粗悪な獣油の匂いで砂混じり、しかも味付けはみんな同じ、という状況でした。

今回は行きませんでしたが、すこし離れた日干し煉瓦の民家の庭先で、
シシケバブ(ヒツジの串焼き)のバーベキュー(石炭で直火焼き!)をやってくれます。
(じつは、ここへ歩いていくのに懐中電灯が必需品だったんですが・・・)
これがスパイスが効いてて、シンプルで安くて旨い!
確か1本0.5元で、ビールも2元か3元だったはず。
一人10元もあれば、いやというほど飲み食いできました。

部屋に戻っては、モンゴル土産の「黒チンギス」ヴォトカと・・・げふっ
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と、ところで、「健康びしすく」って・・・

翌朝になると、またしても・・・じゅるじゅる
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バスで半日かけてチンギスハーン稜へ行った際のフフホトでの昼食であります。
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これがフフホトで食した内蒙古最後の夕食、
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元祖「ヒツジのしゃぶしゃぶ」の二色鍋であります。
「しゃぶしゃぶ」ってモンゴル語だったんですねえ。
蒙古族のおねいさんにこの料理のモンゴル名を訊いたら「シュワシュワ」と言ってました。
ちなみに中国では刷羊肉(シュワンヤンロウ)で、原字は刷にサンズイが付き「すすぐ」の意。
肉をお箸ですすぐ様が日本ではしゃぶしゃぶになってますがモンゴルではしゅわしゅわ・・・
わたくし、お肉を何皿おかわりしたか、覚えておりませんが・・・うふっラブ

9次隊のご報告は今回でおしまい、ご愛読ありがとうございました。

ここまでくると、どうでもいいようなP.S
一番最後の画像の二色鍋、中華料理で見かける火鍋なんですが、
ちっちゃいのは大阪の道具屋筋にもあったんですが、
4~5人用の大きいやつが、なかなかありません。
わたくしのキャンプ宴会には最適!と探しております。
お心当たりの方はコメントをお願いします。すいません

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内蒙古紀行の続きであります。

内蒙古自治区に入って三日目、
包頭市郊外、クブチ沙漠での植林ボランティア活動を終えたわたくしは、
今回はじめて・・・
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そう、チンギス・ハーンの御陵!(とまあ、一応いわれているところ)
へ行ったのであります。ややきっぱりと・・・困った

ま、チンギス・ハーンの死亡場所や埋葬場所などについては諸説あり、
遠征中に戦死したとか、帰国して病死したとか、死亡原因にも諸説あるようで・・・
そのおかげで、内蒙古だけでもあちこちに・・・
元祖・成吉思汗陵
本家・成吉思汗陵
総本家・成吉思汗陵
正真正銘・成吉思汗陵
新発見・成吉思汗陵
不思議発見・成吉思汗陵
裏・成吉思汗陵
袋とじ・成吉思汗陵
とかが、あるのであります。あ、あるわけないでしょうがぁ、裏とか袋とじとか・・・

しかも、モンゴル国でも、
我が国こそ、本家チンギス・ハーンの国である。
と、ものすごいキャンペーンが、建国800年記念で行われており、
ウランバートルには、巨大なモニュメントもできてました。
わたくし、こういったあやしげな競争は、大好きなのであります。
ま、モンゴルでも内蒙古でも、民族の英雄としてチンギス・ハーンを讃えることは長い間、ご法度とされてきたようですし、自分たちのモンゴル文字ではなく、かたやキリル文字、もう一方は漢字の使用を強制されてきたのですから、お互い民主化によって、おおっぴらに自慢しあえるのは、武力で争うより、ずっとずっといいことだと思っています。
ちなみに内蒙古でも最近、モンゴル語を義務教育から教えるようになったようです。

で、今回の訪問地は、遠征からの帰国途中で、チンギス・ハーンが倒れた場所、あるいは休憩場所とされているようで、ここに埋葬されたという説が中国では多数説のようであります。

今の内蒙古では、チンギス・ハーンは、
中国の、元の時代の皇帝ということで、祀られております。
わたくしよりずっと以前から植林に来てる隊員に聞くと、
もっとみすぼらしくて、ちっちゃな御陵だった、ということでありますが・・・
じゃーん
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こっ、こんなのが800年前からあったのかっ
広大な駐車場から、はるか向うにかすむ御陵まで、みごとに新品同様であります。
漢民族のガイドさんによると、
「モンゴル様式と中国様式を取り入れた、民族融和の象徴のような立派な御陵」
なのだそうであります。拍手800年前から、仲がよかったのね・・・

で、中に入ると・・・
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モンゴルの民族衣装を着た蒙古族のおねいさんが、「北京語」でガイドしてくれます。やはり800年前から北京語を・・・

で、これが本殿というか、中にチンギス・ハーンとその家族が祀られております。
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基壇は北京の故宮や天壇公園と同じ様式の大理石、方形と円形を陰陽説によって組み合わせる中国伝統の建築様式、でも尖塔は、モンゴルのゲルになっております。
うーむ、確かに民族融和してますが・・・800年前か・・・

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額もちゃんと、北京語とモンゴル語の二ヶ国語表示になっております。これも800年前からあるのか・・・

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戦勝を祈願する祭壇は完璧なモンゴル式で、モンゴル国軍の紋章にもなっている、あの槍先や青い三角旗もありますが、紅旗のほうがさりげに大きいし・・・

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でもここに上ってくる基壇は、北京の天壇公園と同じ陰陽説に基づく様式で、女人禁制ではありますが、蒙古族以外の女性はどんどん登ってきます。ますますあやしい。
外側もけっこうあやしかったのですが、特に撮影禁止の本殿の中はいろんな時代の文物が薄暗いなかにずらっと並べられており、どう見ても、現代絵画に見える壁画もありました。
まるで
筑波山麓、四六のガマ洞窟を国家的規模にしたようなあやしさでありました。にっこり

話を戻してと・・・

長大な参詣道(というのか?)の途中には、こんなものもありました。
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遠山先生自ら、日本で募集した第一次の植林ボランティア隊を引率して来たものの、洪水でどうしてもクブチ沙漠の緑化基地である恩格貝に入ることができず、やむを得ずここに観光に来て記念植樹したとのことでした。

当時は、ほとんど道らしい道もなく、恩格貝に入ること自体が大変だったようです。
わたくしが最初に入った時も、黄河を渡るのは、鉄のフロートを並べて板を渡しただけの浮橋で、バスを軽くするため人間は降りて徒歩で渡りましたし、沙漠の途中で何度も砂にめり込み、その都度、下車してバスを押したり、延々と歩いたりしたものです。

今では協会の数次隊だけで150次隊を超え、我々のような特別隊も含めると、数百の植林ボランティア隊が現地に入っているのですから、感慨無量であります。

ちなみに800年前からあった・・・かも知れない駐車場には、こんなクルマも・・・
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中国との合弁企業の現地生産車らしいのですが・・・

こっ、このボディカラーは、日本で発売しないのかっ!!!ほっ、ほしい!!!
けっこう、中国のほうが迷彩ブームで、いろんなものが迷彩仕様だったのであります。
 
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