前回記事からの続きであります。
チンギス・ハーン陵(とされるところ)を後にした一行は、
高速を途中まで包頭方面へ戻ります・・・

こちらは往路で撮影した画像ですが・・・
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復路も反対車線は超大型トラックで渋滞してました。
この日は日曜日で時間的にも逆方向になったのか、大きな渋滞には巻き込まれずに済みましたが、旅行社のT橋さんによると、ひどい時は石炭60t積み大型トラック(80tぐらいに過積載してるそうで、長距離なので罰金を払っても儲かるとか・・・)が包頭・オルドス間を埋め尽くすようです。
そう、渋滞区間が200km以上となり、包頭・オルドス間が全線クルマで繋がってしまうとのこと。そうなると新旧の高速道路が何日間も全く動かなくなるので、できればこの区間は避けたかったそうですが、ま、オルドス市はどうしても見たかったわけで・・・

で、こちら・・・
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6年前に乗った包頭から西安へ向かう新線でしょうか、
その向こうにも鉄道橋が見えますね。

と、途中からクブチ沙漠を西へ走る高速に入り・・・
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鳴沙湾・服務区(SA)でトイレ休憩・・・
ちなみに中国語でサービスは服務、エリアは区ですからまさに直訳で、
じつに分かりやすいです。


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見渡す限りの緑が広がってますが・・・


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あくまで「見渡す限り」で、稜線の向こうはクブチ沙漠です。

もちろん、こちらの公共衛生間(公衆トイレ)も・・・
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巨大でぴかぴかでした・・・
さすが習近平トイレ改革が徹底されてますね。
ちなみに6年前は新しいSAの公衆トイレも「公厠」と書かれてましたから、習近平トイレ改革以降に設置されたものは「公共衛生間」に統一しているのかも知れませんね。

鳴沙湾・旅游区・・・
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前日までの大雨で砂の中の種子が一斉に芽吹き、一面に草が生えてますが、
本来は「鳴き砂」で有名な砂丘です。

偶然ですが、1998年にN.GKS澤井代表が恩格貝で植林した際に、我が家の次男に送った絵葉書が、たまたま出てきたので紹介しておきます。
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スタンプは1994.4.21になってますが、ここ鳴沙湾の絵葉書です。


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1998.10.27に北京から送られてきた絵葉書で、発行はオルドス市になる前のイフ・ジョー盟の郵票公司になってますね。オルドス市になったのは2002年ですから、とーぜんなんですが・・・

この翌年の1999年に澤井代表がN.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)の第1次隊を率いて恩格貝で植林、その後モンゴルの草原やボルネオ島・アマゾンの熱帯雨林でも植林しましたが、内モンゴルでも何度か植林ツアーを組織し、今回2018年の第23次隊まで続けてきた次第。なのでクブチ沙漠の恩格貝はN.GKS活動の原点だったのであります。

クブチ沙漠は日本の四国ほどの面積で近代化によって人が砂漠化したところ、葉書にもありますが、この時点では故・遠山正瑛翁が率いていた日本人ボランティアが中心になって大阪市の市域ほどが植林されていたのであります。

その後に2000年の西部大開発プロジェクトや2008年の北京オリンピックへ向けた中国政府主導の緑化政策が進み、これまでの記事で見てきたように「見える範囲」はずいぶんと緑化されましたが、グーグル画像で見ると一目瞭然、クブチ沙漠はまだまだ西へ広がったままなのであります。

と、いよいよ恩格貝が近づいてきました。
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この辺りはすでに植林地に囲まれ砂が固定してるので、様々な投資家が様々な事業を展開しているとかで、こちらは見渡す限りのビニールハウス、クロレラを栽培してヨーロッパに輸出しているそうです。

こちらは見渡す限りのソーラーパネル・・・
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地平線に森林が広がっているのがおわかりでしょうか・・・
そう、ここでも植林地が砂を固定してるのでソーラーパネルの設置が容易になったんですね。ちなみにパネルの下は日陰になるので強い太陽熱に弱い作物も育つそうです。
6年前にはタクラマカン砂漠で見渡す限りの発電用風車群を見ましたがソーラーパネルは砂を被れば発電できませんから、砂が固定しているのは投資家にとっては魅力的なんでしょうね・・・
ただ、ビニールハウスの水耕栽培にせよソーラーパネルの洗浄にせよ、大量に使う水はすべて地下水の汲み上げですから、最近は恩格貝の湧き水の水位が著しく下がってきているそうで、太陽光だけのクリーンなクロレラだ、クリーンなエネルギーだ、と手放しでは喜べません。本来は水の循環利用とかも考えなければいけないのですが、恩格貝では大規模な農業も含めすべて投資家たちが事業としてやってますから効率優先、しかも失敗すればそのまま放置・・・そう、課題は大きいのですが、一方で雇用が激増して現地が豊かになっていることも事実・・・

ま、この話は今後の記事で詳しく書きたいと思っています。

二泊三日の宿舎となる恩格貝賓館への道・・・
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植林ツアー初期には街路灯や樹木はもちろん舗装もなく、沙漠のど真ん中の悪路でしたが、来る度に見違えるほど、きれいになってますね・・・

恩格貝賓館であります。
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宿舎の反対側には一面の緑が広がっています・・・
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・・・が、画像をクリックして拡大して見ていただくと、
その先にはクブチ沙漠が広がっています。

で、まずは宿舎の玄関で、モンゴル族伝統の歓迎を受けます。
せっかくなので、今回は(H田さん撮影)動画でご紹介・・・

注いでもらった強い蒸留酒・白酒(パイチュウ)を右手の薬指で、その地の天と地と人々、そして自分に捧げ、一気に飲み干すもので歓迎の唄が続いている間は何杯飲んでもいいはず・・・

昔は大きな牛の角をくり抜いた杯で老若男女を問わず飲めない人でも飲まされたものですが、さすがに最近は「無理しなくていいです。」とゆーことになったようです。

と、歓迎の儀式を受け、自室で一息ついた後は・・・

とーぜん大宴会であります・・・
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今回はN.GKSの澤井代表が高齢を押して、ひさしぶりに名誉隊長として参加してたので、古くからの長期ボランティアT城氏や現地スタッフ、日本沙漠緑化実践協会の現地責任者であるO常務理事なども来てくれました。

そして・・・

27年前に一人だけ遠山先生の趣旨に賛同し、住民にも政府にも全く理解されていなかった植林事業に二人三脚で取り組んできた地元の実業家、王明海氏も到着。
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澤井代表とは、じつにひさしぶりの対面であります。

彼はこの恩格貝賓館のオーナーでもありハウス栽培なども幅広く経営する
地元の名士・・・
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並んだ料理もいつもより何となく豪華な感じ・・・


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最初からずらっと並んでた高級白酒(パイチュウ)や・・・


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ビールも含め、すべて王明海氏が用意して下さったもの・・・

ちなみに宴席でのパイチュウは・・・
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こんな徳利に移し替えて飲むんですね・・・
なくなると、すぐに注ぎに来てくれてました。

と・・・
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Y崎隊長の発声で、まずは日本式にビールで乾杯・・・

続いて・・・
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N.GKS澤井代表から王明海氏の娘さんへの百人一首おかきのプレゼントや
ご本人への日本酒(奈良の地酒)などなどのプレゼントとか・・・
ちなみに中央は現地スタッフで通訳のモンゴル族のナランさん。

Y崎隊長から日本沙漠緑化実践協会の現地責任者O常務理事へ
「岸和田だんじり祭り」タオルの贈呈とか・・・
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そう、昨年3月のボルネオ植林ツアーに参加されたS井さんから、今回も大量のタオルを預かってて協会や隊員にプレゼントしたのであります。高品質で名高い大阪・泉州製のタオルですから丈夫で長持ち、植林作業にもぴったりです!!!

まあ、その後は中国式とゆーかモンゴル式とゆーか、
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すべてのテーブルで延々と乾杯が繰り返され、このテーブルは女性も多くビール中心でしたが、あとのテーブルでは次々とパイチュウで乾杯、まあ、現地のみなさんのよく乾杯すること・・・ま、わたくしも宴会担当副隊長としての責任上、最後までお付き合いしましたが・・・げひげひ

と、すっかりへろへろになり、宴会場を出る頃には・・・
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周辺はすっかり暗くなってました。
停電の多かった昔に比べて随分明るくなったとはいっても、やはり沙漠のど真ん中ですから晴れてたら満天の星が見えるのですが、この日はあいにくの曇り空でした・・・

で、自室に戻ってすぐに就寝・・・するはずもなく・・・
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王明海氏が澤井代表のために用意してくれてた貴賓室の応接間で二次会!!!
宴会場からもらってきたパイチュウにフロントで買った缶ビール、酒類調達担当のH田さんが持参した黒霧島に赤霧島、シーバスリーガル・ペットに入った角に、ジョニ黒・ペットに入った赤なんぞを、持参した乾き物なんぞでかぱかぱ、夜遅くまでの大騒ぎとなりました。

ええ・・・
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奥の部屋では澤井代表が一足先に寝てたのですが・・・
と、恩格貝での第一夜も、へろへろと更けたのでありました・・・ひっく
(次号に続きます
。)