N.GKS(エヌ・ジクス)のblog

海外での植林ボランティア活動を実践するN.GKS(もと緑の協力隊・関西澤井隊)のブログサイトです。

カテゴリ: 中国西北部・新着順

第23次隊・報告記事も、いよいよ今回が最終回であります。
(はじめからご覧になる場合は23次隊カテゴリへ)

ツアー5日目の朝にホテルの自室から見た北京市街・・・
DSCN9249


DSCN9248
この日も快晴でした。


DSCN9263
泊まったのは「船舶重工酒店」とゆーホテルで、

何か関係があるのかロビーには・・・
DSCN9253
中国初の本格空母「遼寧」の1/200模型がありました!!!
旧ソ連からウクライナの所有となってた未完成の艦体を「マカオの海上カジノにする」という名目で、スクラップとして2000万ドルで購入、大連で長い年月をかけて艤装した、いわくつきの空母です。


DSCN9256


DSCN9257
艦載機は殲-15ですね・・・
これも遼寧に合わせ開発された初の艦上戦闘機。

ま、せっかくなので・・・
DSCN9258
遼寧・・・よりフロントのおねいさんとツーショット・・・

と、ツアー最後の朝食であります。
DSCN9251
さすが北京のホテル、全ては味見できないほどの種類がありましたが・・・

特にこちらの湯麺は白湯スープで旨かったなあ・・・
DSCN9252
って、前夜遅くに醤油とんこつラーメンを食べたような気もしますが・・・
まあ気のせいでしょう。

と、朝食後は近くのコンビニで・・・
DSCN9260
お安いパイチュウを買ったりして荷物をパッキング・・・

この日は朝から世界遺産「故宮博物院」(紫禁城)へ・・・(ただし高齢の澤井代表はT橋さんとホテルで待機、昼食会場で合流します。)
DSCN9271
故宮博物院・・・故宮とも紫禁城とも呼ばれます・・・
明の時代から清のラスト・エンペラー愛新覚羅溥儀までの中国歴代皇帝が住んでいた王宮で、世界最大の木造建築群、ただし中にあった宝物の大部分は台湾・台北市にある「故宮博物院」に展示されています・・・と、バスの車中で通訳ガイドのワンさんからの説明。

なので数多くの宝物を見るなら台北へ、建物を見るなら北京へ、とゆーことになりますが、2009年には初の共同展も開催されてるようですね。ま、どちらも「故宮博物院」でややこしいので、今回記事では紫禁城で統一します。
DSCN9278
お馴染みの天安門・・・紫禁城の南端の門であります。
正面の毛沢東の巨大な肖像画は3年に一度、新しく書き換えられているそうです。隊員の一人と話してたのですが、正面スローガンにある「人民」も「共和国」も「世界」も「団結」も、すべて明治期の日本で欧米の概念を翻訳する際に造られた日本語が中国に逆輸入されたもので本来の中国語は「中華」と「万歳」だけ、他にも頻繁に使われる和製中国語は多いとか・・・まあ、今の日本のように何でもカタカナ(中国の場合は意味と発音で当て字)にするよりいいですね。

天安門前広場では100万人規模の集会ができるそうで、毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言したのもここでした。
広場には、あちこちに下水管が埋めてあり、舗装を外せば臨時トイレになる仕組みで、以前、大阪でもこの仕組みを災害対策用に全ての公園に作ろうという動きがありましたが費用が・・・

と、せっかくなので・・・
IMGP3066
「いー、あーる、さん、茄子(ちぇいずっ)!!!」と記念撮影して・・・
周辺の中国人観光客に大受けしてから、いよいよ紫禁城の内部へ・・・


DSCN9279
わたくしは通訳ガイドのワンさんにぴったりと寄り添って・・・
もちろん、しっかりと説明を聴くためですよ!!!

天安門を抜け、次の午門・・・桝形配置でやはり守りの城ですね。
IMGP3077
この門から内部が紫禁城の有料区域で入場には予約が必要、セキュリティ・チェックもあります。ワンさんによると予約は一日10万人まで(ネット情報では8万人まで)に制限されてるとのこと。同じくネットによると2017年の入場者数は約800万人でパリのルーブル城に次いで世界第2位。日本で入場者数が一番多い大阪城天守閣で年間255万人ですから、入場制限してても物凄い数で、スケールが違いますね。この日も凄い人出でした。さらに紫禁城でも大阪城でも無料区域まで来る人は、入場者の何倍にもなるはず・・・そう、天安門前広場とか天守閣前(本丸)広場とかで写真だけ撮って帰る観光客の多いこと!!!

ま、わたくしはセキュリティ・チェックを受ける際にも・・・
DSCN9285
ワンさんにぴったり寄り添って・・・
もちろん、しっかりと説明を聴くためですよ!!!・・・
って、しっかりと手を握ってるな・・・
もちろん、迷子にならないためですよっ!!!・・・

午門の次の太和門と手前に流れるのは金水河・・・
DSCN9289
この辺りは宮殿の造りで日本の城でいえば本丸御殿への門ですね。


DSCN9293


こちらは内側から見た太和門で、
DSCN9303
中央は皇帝専用の階段、そう映画ラスト・エンペラーの冒頭シーンで使われてましたね。この広場を埋め尽くすエキストラを使ってたわけで、やはり大作です。

城の中しか自転車で走れなかったラスト・エンペラー・・・なのかっ???
DSCN9291
城の中は清だったけど、外はもう中華民国だったんですよね・・・

で、太和殿であります・・・
DSCN9300
太和殿、中和殿、保和殿の総称で紫禁城の中心建物・・・
まさに王宮の中心部ですね。

ま、せっかくなので・・・
IMGP3108
ここでも記念写真・・・

ともかく凄い人出で同じような建物が続いてたので、ま、あとはてきとーに・・・

こちら、防火用の水瓶・・・
DSCN9305


DSCN9311
冬の凍結に備えて下部で火が焚けるようになってました。


DSCN9310
もうすぐ完成する北京で一番高いビル・・・
まだまだ成長は続いてる印象でした。

DSCN9313
紫禁城の北にある景山も離宮として人工的に造られたものなんですね。太和門の前を流れる金水河も、もちろん人工的に引き込んだもので、宮廷は山を背にして川に面するのが吉とされる風水の「背山面水」に基づいてるそうです。ふむふむ

太和殿の西にあり西太后など歴代の妃たちの居住地、西六宮へ・・・
DSCN9318


DSCN9325


DSCN9327


DSCN9328


DSCN9329


DSCN9331
以外と簡素な感じでした。


DSCN9333

と、ようやく

DSCN9342
一番北の門「神武門」を抜けて外へ出ました。


DSCN9344
道を隔てて北側は景山・・・


DSCN9345
北の濠を東に歩きます。


DSCN9348
北東の隅櫓・・・やはりお城で「北京の55日」では籠城してましたね。

ま、せっかくなので・・・
DSCN9350
記念写真を撮ってもらったり・・・

こちらでも記念写真を撮ってもらってました・・・
DSCN9356
結婚式用の撮影でしょうか・・・多くのカップルが一斉に・・・

こちら・・・
DSCN9358
登録すれば自由に使えるレンタサイクルの回収車。1時間3元とお安く、スマホでロック解除するそうで、市内のあちこちで見かけました。

と、紫禁城の東北側からバスに乗り・・・
DSCN9363
前日の夕食サヨナラパーティー会場と同じ、老舗の北京料理店へ


DSCN9365
おいしい昼食であります。ばくばくばく・・・

これで昼食宴会も最後なので・・・
DSCN9366
燕京ビールの純生もごくごくごく・・・

ちなみに窓から見えた改築中の建物・・・
DSCN9369
足場に竹とか間伐材を使っているのか???

と、よく見たら・・・
DSCN9370
塗装した鉄パイプでした・・・

と、まったりと昼食後は・・・
DSCN9374
渋滞する中、北京空港を目指します。

空港では奇跡的にセキュリティ・チェックも無事通過・・・

少し時間があったので、最年少のH田誠一朗隊員と・・・
DSCN9381
空港内の紫禁城???で・・・


DSCN9384


DSCN9385
限定のスタバ・ミッドナイト・モカとゆーのをまったりと味わい・・・


DSCN9378
北京空港のおねいさんたちともお別れ・・・


DSCN9388
搭乗ゲートが屋外に変更になったエア・チャイナ機に無事搭乗し・・・


DSCN9398
北京の街とも中国ともお別れしました。

ま、最後の画像は恒例により・・・
DSCN9399
機内食と燕京ビールで大団円!!!

関空到着は予定より30分ほど遅れましたが、離陸が1時間以上遅れてたので、よしとしましょう。と、いろいろありましたが、ともかく全員無事で元気に帰国することができました。

旅行社T橋さんはじめ通訳ガイドのみなさん、恩格貝生態示範区管理委員会のみなさん、日本沙漠緑化実践協会T城氏はじめ現地スタッフのみなさん、そして王明海氏・・・みなさんのおかげでとても有意義なツアーになりました。
ありがとうございました。
特に王明海氏と管理委員会の周書記には連日で宴席にお招きいただき、お礼の言葉もありません。とても美味しく、とても楽しかったです。

恩格貝はじめ中国西北部だけでも、近年人類が沙漠化してしまった土地はまだまだ広大ですが、植林した地域でも間伐禁止や大規模農業による地下水の汲み上げなど様々な課題があることが、今回のツアーであらためて実感できました。

さらにオルドス市の石炭・不動産バブル崩壊による新市街の鬼城(ゴーストタウン)化の問題や、レアメタルの国際取引所もでき発展を続ける包頭市でも、過剰汲み上げによる地下水位の低下や一部レアメタル抽出の際に生じる放射性廃液の処理問題(この処理に莫大な費用を要するので埋蔵量はあるものの採算性から生産していない国も多い中、なぜか包頭では安価に生産してたそうで、さすがに最近はその処理費用名目で値上げしたりしてるようですが、ずっと井戸水を利用していた住民には異常を訴える人も多いとか)など、そのまま放置すれば、いずれ不毛の地になりかねないような課題も、現地で見聞して初めて知りました。

いっぽうで、中央政府や地方政府が緑化政策を大規模に推進した結果、以前とは見違えるほどの緑の大地になってたのも事実です。逆に言えば、それが日本からの植林ボランティア活動が衰退してきている一因ともいえるかも知れません。ただし前述のとおり緑化についても、まだまだ課題は多いので今後も注視していく必要があるのは間違いありません。

日中友好平和条約が締結されて今年で(まだ)40年、それよりも長い間、両国は戦争状態だったのですから、政府間では今後もぎくしゃくすることがあるでしょう。それでも王明海氏と遠山先生のように、民間レベルでお互いを理解しあい、できることはあるはずです。機会があれば、またいつかご一緒しましょう!!!


最後になりましたが、Y崎隊長はじめ画像提供いただいたH田さんなど参加者のみなさんにも本当にお世話になりました。今回様々なご寄付をいただいた方々と合わせて、あらためてお礼を申し上げます。

謝謝了!!!


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続き・・・
ツアー4日目、クブチ沙漠の恩格貝では3日目の朝であります。
DSCN9080
前日までとはうってかわって、朝から快晴でした。

せっかくなので古い宿舎まで一人で散策しました。
DSCN9092

こちらが正面玄関の「歓迎門」・・・
DSCN9094

そう・・・
DSCN9408
前回記事の「沙漠科学館」に展示されていたN.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)第1次隊の記録誌、あの表紙写真の場所であります。前列中央、若き澤井代表の右隣に白い帽子の遠山先生の元気なお顔もあります。

あれからすでに20年目になるんですねえ・・・わたくしも若かったなあ・・・
って、オリーブドラブの帽子とサングラスは変わってませんが・・・

宿舎の中庭も変わってませんでした。
DSCN9097
昔はこの中庭にモンゴル式のゲル(テント)があって・・・

と、古い宿舎の筋向いに新しいトイレができてました。
DSCN9099
「衛生間」ですから、習近平トイレ改革以降かも知れません。

と、入ってみました。
DSCN9103


DSCN9104
小用の間仕切りも、個室のドアもドアロックも(ドアノブも)付いてて、ぴかぴかでした。古い宿舎のよりはるかにいいでしょうし、ヘタすると今回の宿舎のよりいいかも知れません。隊員の一人も言ってましたが、これなら自分の家のトイレは使わないんじゃないか・・・

と、トイレの後で恐縮ですが・・・朝食であります。
DSCN9108
この後、熱々の饅頭や揚げたての揚げパンなども出てきましたが、ま、シンプルなもの・・・って、やはりチャーハンがおいしかったので、またおかわりしましたが・・・げふっ

と、まったりと朝食後は荷物をまとめてバスに乗り込み・・・
DSCN9114
現地スタッフ・通訳のナランさん、長期ボランティアのT城さんとは、
ここでお別れ・・・お世話になりました!!!

澤井代表が今回どうしても見ておきたかったという「実践倫理の森」へ・・・
DSCN9122
初期に植林された「実践倫理の森」は大きな湖(だった)「沙湖」の湖畔に当時からあった遊園地の対岸にあります。

現在の遊園地の案内・・・
DSCN9123
いろいろ書かれてますが今はゲル(テント)宿泊宴会がメインだとか・・・


DSCN9125


DSCN9137
そんな感じですね・・・モンゴル民族音楽がずっと流れてました。

昔はモーターボートでの湖の遊覧や湖畔での乗馬などがメインで・・・
DSCN9124
対岸が「実践倫理の森」でしたが湖が干上がって対岸と繋がってました。


DSCN9129
この辺りは水が残ってますが、T橋さんによると前日までの雨がたまたま溜まっているだけで、ふだんの水位はもっと低いとのこと。対岸一面が「実践倫理の森」で、今では50万本の大森林になっているそうです。

こちらの・・・
DSCN9133


DSCN9135
「沙漠大峡谷」も完全に干上がってました。
以前は湧水を満々と湛えた砂漠の中の湖でしたが地下水脈の水位が著しく低下したんですね。植林で砂が固定されてから始まった地下水汲み上げによる大規模な農業開発が原因ではないか、とのことでしたが、植林地への潅水とは異なり農業用水は土壌には一切戻りません。
対岸の「実践倫理の森」も今は間伐が一切禁止されてるので、林業専門の澤井代表から見ると「まったくひどい状態の森」で、がっかりしたそうです。

ちなみにここにも・・・
DSCN9121
ぴかぴかの「公共衛生間」があり習近平トイレ改革は徹底されてました。

と、バスに乗り、宿舎に近い幹線道路へ出ます・・・

その途中にあった建設中の・・・
DSCN9139


DSCN9140
遠山正瑛・記念公園だそうで、年内には完成予定とか・・・
ここにも記念館ができるようで、日本沙漠緑化実践協会にも展示物の提供依頼があり探すのに苦労しておられるそうです。

で、宿舎に近い交差点で急にバスが停車、王明海氏が通訳のナランさんと乗り込んできました!!!訊けば宿舎前で見送るつもりだったのが「実践倫理の森」見学で出発が早まったことを知らず、わざわざ、この交差点で待って下さってたとか・・・何とも有難いことで一同恐縮しました。

と、無事に王明海氏とも最後のお別れをして、
DSCN9145
一路包頭空港へ・・・

沿道から見た・・・
DSCN9149
王明海氏の「万里の長城」

こちら・・・
DSCN9155
奥に観光ゲルが見えますが、手前の青い屋根は地下水の汲み上げポンプ小屋。

ひょっとして、ここが・・・
DSCN9157
センタービボットによる大規模農場のひとつでしょうか・・・
でも・・・潅水装置だろうけど円形ではないし、王明海氏の管理地にもよく似たのがあったし・・・よくわかりませんでした・・・

と、あれこれ考えながら、バスは黄河へ向けてひた走ります。
DSCN9150
バスの制限速度は90km/hだそうですが、昔は今回の植林現場へ歩いたような道でしたので、途中でスタックしたりして、とんでもなく時間がかかってました。

今回はあれよあれよと黄河へ・・・
DSCN9164
あれよあれよと僅か数分で黄河を渡り切ってしまいました。
そう、昔は鉄のフロートを浮かべた有料の私設浮橋で、渡るにはドライバーが値段交渉からはじめて、車体を軽くするために全員下りたりして、1時間以上はかかってたのですが・・・

と、あれよあれよと包頭空港へ・・・

ところが・・・
DSCN9167


DSCN9166
空港前は工事中・・・ではなく、工事中断中・・・
そう、あの悪名高き包頭市の地下鉄工事であります。
クルマや電動スクーターが普及して道路網も整備され、あまり必要性もなかったのに大規模な地下鉄工事に一斉着手、さすがに途中で中央政府からストップがかかったのはいいのですが、市内のあちこちで道路を掘り返したままで工事が中断してるので、大渋滞を招いているとか・・・

一説によると中央政府へのウケ狙いというか、地方での実績を上げるためにエリート官僚たちが全国で次々と不要な大規模開発をやってて、包頭市の地下鉄もそのひとつだったとか。
まあ、列島改造時代の日本でもいろいろあったんでしょうが、やはりスケールが違いますね。

と、包頭空港で無事に託送荷物を預け、ゆっくりとお弁当を食べる・・・
はずだったのですが・・・
わたくしのスーツケースが、はじめてチェックにひっかかりました!!!

素敵な制服のおねいさんに呼ばれて、わたくしのスーツケースのX線画像を示され「この大きい刃物のようなものは何?」
「あっ、それはマルチツール・プライヤーです。ほれ、こうやって、ぱちぱちするやつね・・・」と、ジェスチャーで示したら、
「じゃあ、ここで開けて見せなさい。」
つーことで、あわてて開錠、あんなものやこんなものを引っ掻き回してマルチツールを取り出し、「これです、これです、ほれ、こうやってぱちぱち・・・」
素敵な制服のおねいさんも手に取って、ぱちぱちと確認・・・
「いいでしょう、しまってもう一度カウンターに持って来てね。」
「はいはい、あせあせ・・・」
と、一刻も早くお弁当が食べたいわたくし、引っ掻き回した中身をあわてて押し込んで施錠、再びカウンターへ持って行き、今度は無事に通過しました。ずっと通訳で付いてくれてたバヤンさんに、
「あははは、はじめての経験で少しあわてましたね。
落ち着いてチケットとパスポートを再確認してと・・・
あれっ??? どこにもないっ!!!」
そう、ずっと手に持ってたのを、あわててスーツケースに一緒に入れてしまったようです。あわてて素敵な制服のおねいさんにお願いしてベルトコンベアからスーツケースを回収、再び開錠して中からチケットとパスポートを取り出し、再び施錠して、再びカウンターへ・・・ひいひい

開錠して素敵な制服のおねいさんにコールマンのマルチツールを自慢するのは楽しかったですが、チケットとパスポートが見つからなかった時はあせりましたねえ。T橋さんやバヤンさんからも「いつも落ち着いてたのに、あの時はあわててましたね。」といわれましたが、いつも酩酊状態でぐったりしてただけですよ、わたくし・・・

と、急いでお弁当を食べ包頭空港でバヤンさんとはお別れ・・・
最後までお世話になりました!!! ありがとうございました!!!

今度こそ無事に北京行きの国内線に搭乗・・・
DSCN9175


DSCN9178
包頭の街とも内モンゴルともお別れであります。

あれよあれよと北京空港に到着・・・
DSCN9181


DSCN9184
北京での通訳・ガイドのワンさんの案内で北京市街へ・・・

DSCN9188


DSCN9189
すっかり洗練された大都会になりましたねえ・・・

と、夕食までには、まだ時間があったので・・・
DSCN9193


DSCN9194


DSCN9196
東京では銀座通りにあたる北京の王府井(ワンフーチン)街へ

わたくしは表通りの高級なお店には縁がない興味がないので・・・
DSCN9197


DSCN9199
昔の表通りだった裏通りへ・・・

DSCN9204


DSCN9208
凄い人出でしたが、ま、横浜の中華街や神戸の南京町を大きくしたような感じでした・・・って、こっちが本家でしたね・・・

特筆すべきなのはT橋さんに教えてもらった串焼き屋さんの・・・
DSCN9200


DSCN9201
サソリの串焼き・・・
ええ、生きたままのサソリさんを串焼きにするんですね・・・

せっかくなので動画でもご紹介・・・

わたくしサンショウウオの串焼きは食べたことがありますが、似たような感じなんでしょうか、ま、さすがに今回は食べませんでしたが・・・

で、裏通りのさらに枝道に入って・・・
DSCN9205


DSCN9210
おねいさんが店先で加工している銀細工のお店もあったのですが・・・


DSCN9206
隣の土産物屋さんの店先でオカリナの生演奏をやってたので、安物の高級なオカリナを奥様へのお土産用に買ったりして表通りへ戻り、有名な台湾高級茶のお店に入って・・・高級茶は買わずにお安い抹茶ソフトクリームを買って舐めながら集合場所まで戻りました。

まだ少し時間があったのでお菓子を買ってバスの来る場所まで移動・・・

こちら・・・
DSCN9211


DSCN9212
高齢者専用のボランティア・タクシーだそうです。
「老年代歩車」高齢者が歩く代わりのクルマなんですね。
高齢者福祉も進んでるようです。

と、バスに乗り夕食会場まで移動・・・
DSCN9214
なかなか素敵な色合いのボディカバーでした。

で、T橋さんがずっと愛用しているという老舗の北京料理店へ・・・
DSCN9216


DSCN9217
北京料理店ですが麻婆豆腐もあったりして、どれもおいしかったのですが、

この日の夕食はサヨナラパーティーで、どどんと北京ダックなんぞも・・・
DSCN9221
って、食べる前に撮ればいいものを・・・
ここの北京ダックは皮だけでなく肉もぎっしり、包み皮も次々と蒸し立てを追加してくれるので、腹いっぱい堪能することができました。

で、Y崎隊長の挨拶や、
DSCN9237


澤井代表の挨拶、
DSCN9232


そして参加者全員からの一言挨拶がありました。
DSCN9222


DSCN9230
ちなみにこちらのO屋夫妻、往路の北京空港の国内線乗り替えのセキュリティ・チェックでバッグの中身を一部だけ係官に出されてて、それに気づかずケータイとカメラを取り忘れ、空港の忘れ物センターに届けておいたところ、復路で無事に回収できてよかったとのことで、よくあることなので、みなさんも気をつけましょう!!!とのことでした。

わたくしの「パスポートを託送荷物に」つーのもよくあるみたいですが、託送カウンターの目の前でわざわざ入れてから預けるつーのは前代未聞でしょう。

DSCN9223
「ゆらぎ」を研究されてるK山さん・・・


DSCN9226
セレブな海外旅行が趣味?のK西さん・・・


DSCN9228
98kさんのキャンプ仲間のN村さん・・・

と、すべては紹介できませんが、みなさん人生を有意義に楽しんでおられる方ばかり、少なくとも今回の植林ボランティア・ツアーに参加されたこと自体、何かの意義のあることだと思いました。

と、
DSCN9238
お店を出る頃には北京の街にも明かりが灯り、ホテルに着いたらすっかり暗くなってました・・・

で、酒類調達担当のH田隊員とロビーで相談、近くのコンビニでビールやつまみを買い出しして呑兵衛隊員に声をかけ自室で二次会をやろうと約束したのですが、自室で待ってても彼から連絡はありませんでした。後で訊けば、彼もこちらからの連絡を待ってて、結局そのまま寝てしまったとのことでした。
ま、これもよくあることなので、みなさんも気をつけましょうね!!!

と、包頭でも同室だったI倉隊員と2人で、ちびちびやってると宴会担当のY原隊員から連絡があり、恩格貝でもらったパイチュウを持ってきた彼と3人で最後の夜もかぱかぱやってしまいました。

ちなみに北京のホテルでは・・・
DSCN9242
映画チャンネルやNHKなどの海外放送はもちろん、中国全省の番組が見られるんですね。

内モンゴル自治区のニュース番組では前日までの大雨被害の報道をやってました。冠水で道路や鉄道などの交通網が遮断されたりして、大変だったようです。日本の雨量と較べると大した量でもなかったのですが、大阪でたまに雪が数cmでも積もると交通網が遮断されたりして大混乱するのと同じなんですね・・・

と、あれこれ考えながら、
DSCN9244
この夜は大事に持ち歩いてた醤油とんこつラーメンで〆ました。
やはり飲んだ後のラーメンは格別ですねえ・・・げふっ

(と、次回最終回に続きます。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続きです。
沙漠科学館から宿舎に戻った一行は2階にある会議室へ・・・
DSCN9043
T橋さんの司会で沙漠講座のはじまりであります・・・


まずは現地長期ボランティアT城さんのお話・・・
DSCN9044
氏は現在、陝西師範大学・西北歴史環境興経済社会発展研究院の客員研究員で、日本沙漠緑化実践協会の長期ボランティアとしては、恩格貝では30万本の植林エリアを一人で管理されているそうです。NHKの番組「プロジェクトX」では遠山先生とともに出演されておられましたね。日本でのお住まいは大阪府藤井寺市。レトルトカレーの空き箱をメモ帳に利用されてるのが素敵でした。

職場の中国語研修で訪中、それがきっかけで沙漠緑化実践協会の長期ボランティアに来たけど、最初は何をやっていいのか分からず悩んでいるときに、中国の「治沙造林学」と出会ったそうで、その概要などをお話しして下さいました。
わたくしが恩格貝の今後についてお訊ねしたところ、「GEN(緑の地球ネッワーク)をはじめ、どのNPOも単独では継続が難しくなっています。お互いの組織が協力しあって、実践と研究の両輪で日本のNPOを復活させるべきです。」とのことでした。
高齢化と専門家(何せ澤井代表だけですから)の後継が不安なN.GKSとしても耳の痛い話でした。

次は澤井代表のお話・・・
DSCN9045
よく講演で使われる「>--<」と「<-->」の錯視絵(ただし実際は「<-->」のほうが少しだけ長い)が描かれたレジュメで、直線が長いのはどちらか、と質問、見た目で素直に「>--<」と答えた人は、とても人間性の豊かな人、同じと答えた人は、錯視の知識だけで判断してしまう知識偏重派、正解の「<-->」と答えた人は、よほどひねくれた人か、見た目や知識で判断せず実測してから答えを導き出す研究実践派、これからの日本人は、この研究実践派にならなければ・・・といった導入部からでしたが、これはT城さんの今後のNPO活動のあるべき方向とも共通してましたね。

後の話はあちこち飛びましたが、クブチ沙漠が20000㎢で恩格貝の植林地が200㎢といっても想像できないだろうが、あの鳥取砂丘が16㎢といえば、その大きさが想像できるだろうとゆーのも、なるほどでした・・・

他にも木材・林業の専門家らしく羊害防止のための牧柵は有刺鉄線などではなく間伐材のポプラを使えばいい、最近の恩格貝では間伐していないので、どのポプラもさらにヒョロヒョロになっていた、今は間伐が最重要課題とのことで、これは日本沙漠緑化実践協会でも認識されてるようですが、政府の緑化政策により樹木の伐採は(間伐も含め)一切禁止・・・
一見、不合理で馬鹿馬鹿しい禁止令のようですが、たとえ間伐であっても、いったん伐採を認めると、あらゆる歯止めが効かなくなり、ともかく儲かる方向に突っ走る恐れも大きいのでしょう。せめて沙漠緑化実践協会の森だけでも・・・といっても伐採するのは現地の人たちですし・・・ここは政府も難しい判断なんでしょうね・・・

と、恒例の沙漠講座が終わり、自室で一息・・・
DSCN8803
トイレもきれいになってて、水もスムーズに流れましたが、やはりトイレットペーパーは流さないように、とのことでした。確かに備え付けのペーパーはなかなかちぎれない「とても丈夫なもの」で繊維が長く、錆びた鉄の排水管に引っかかるのは明らか、もともと流す前提ではないんですね。日本から持ち込んだペーパーはすぐに水に溶けるので多分大丈夫だろうけど、万一詰まった場合は、とんでもない悲劇になるので、やはり備え付けのごみ箱へ。

シャワーも各室に小型の電気給湯器が設置されてて、配管もシャワーノズルも新旧2種類があり、新しいほうを使うようにとの指示がありました。いつでもシャワーが使えるのは有難いですね。水温調節も快適でしたが、使い過ぎると次に温水が使用できるまで2時間かかるとのことでした。

昔と比べて設備はずいぶんよくなってましたが、ここはグーグルでは「ユースホステル」になってて、やはり大都市のホテルとはレベルが異なります。

ええ・・・
DSCN8802
ドアロックどころか、ドアノブそのものがなかったし・・・

他にも窓の網戸が壊れててフロントに知らせましたが滞在中はそのままでした。それでも昔よりはるかに快適、昔の北京の一般ホテルのレベルになったとゆー感じでしょうか。何とか、都会から沙漠緑化の最前線に来た気分も味わえました。

と、同室のO日向さんとまったりとお話・・・
植林の初期に沙漠緑化実践協会の長期ボランティアとして滞在されてて、その後はN.GKS隊にも何度か参加され、今回澤井代表の誘いもあって、ひさしぶりに恩格貝に来られたとのこと。

協会の数次隊を指導してみんなで植林、その時たまたま3本の苗木が余って、作業が終わってから宿舎の近くに一人で植えておいたら、後になってその植林地は全滅したけど、近くのポプラだけは残ってたので、今回、早朝に歩いて確認に行ったところ、さらに大きく育ってたそうです。「わたしにとっては奇跡の3本ポプラです。」と、嬉しそうに語ってくれました。

過去の植林地を確認に行って、自分のプレートを付けたポプラが無事に育っているのを発見して、思わず涙を流している人を毎回必ず見ますが、(じつはわたくしもその一人なんですが・・・)自分で植えた苗木が砂や洪水や乾燥に耐えて一生懸命に大きく育っているのを見るのは、本当に涙が出るほど嬉しいものです。

と、自室でまったりした後は、とーぜん宴会・・・なんですが・・・
なんとこの夜は・・・
恩格貝の行政責任者(管理委員長・周書記)が王明海氏から澤井代表の恩格貝訪問を知り、それなら全員を夕食に招待したいとゆーことになり、そのお招きを受けての宴会となった次第。

恩格貝は最近ひとつの行政単位に昇格したそうで、書記といえぱ行政のトップですから、その招待を受けるというのは、とても光栄なことなのであります。

いつもの昼食・夕食会場の奥にある特別室へ・・・
IMGP2946
最上座にあたる額縁の下が主催者の周書記、その右(向かって左)に主賓のN.GKS澤井代表、主催者の左(向かって右)に陪賓のY崎隊長、主賓の右(向かって左)に陪賓の王明海氏と通訳、と続く中国式宴会の正式な席順になってました。

テーブルも料理もさらに高級になっててパイチュウもさらに高級に・・・
DSCN9073
って、飲む前に撮ればいいものを・・・
と、両者挨拶の後は周書記の発声でまずは乾杯!!!

テーブルには高級煙草も並んでて、まずはゲストに煙草をすすめるのが昔ながらの伝統・・・ま、わたくしも(断るのは失礼なので)ひさしぶりに一服、お礼に王明海氏に「グロー」をすすめると、
IMGP2948
「うえっ、まっ、まずい・・・」

IMGP2949
「最近の日本人はとんでもないものを吸ってますよ!!!」
とか書記に報告してました。あははは

と、周書記は・・・
IMGP2953
何度も主賓・陪賓と乾杯した後はパイチュウを秘書に持たせて席を廻り・・・


IMGP2956


IMGP2957


IMGP2958


IMGP2961


IMGP2963


IMGP2965


IMGP2968


IMGP2970
隊員一人一人と何度も乾杯・・・

「自分は心臓が悪く飲めないのですが」と随行の管理委員会・外交部長が、
DSCN9060
自分はビールを持ったまま、やはり一人一人を廻って、次々と乾杯!!!

次は王明海氏が年代別に隊員に立たせて、次々と乾杯!!!
さらに性別や国別にも立たせて、次々と乾杯!!!

書記も外交部長も、発展する恩格貝へ赴任してきたばかりだそうですから、おそらくは中央政府か地方政府のエリートなんでしょうが、よく乾杯すること・・・

中国のエリート社会では、毎晩の宴会で強いパイチュウで乾杯を続けて、生き残って出世するか、身体を壊してリタイアするかの二者択一、最近の北京あたりでは健康のため、乾杯はパイチュウからワインに変わってきているようですが、内モンゴルではまだまだパイチュウが主流でした。ただし高齢者や飲めない人には、きちんと配慮もされてて、さすがにエリート・・・

ちなみに北京などでは乾杯がパイチュウからワインに変わりつつあるため、ワインの需要が激増、国産ワインの生産も激増し、内モンゴルでも最近は葡萄園が激増しているそうです。

遠山先生がこのクブチ沙漠・恩格貝に来る以前、トングリ沙漠で葡萄園の開発に何年も苦労されてて、何度か黄河に飛び込もうと考えたこともある、と澤井代表に漏らしてたそうですが、今の葡萄園の激増ぶりを見たら、なんとおっしゃるんでしょうね・・・
そーいや、先生の開発したトングリ沙漠の葡萄園も見学したことがありますが、今はさらに大規模になってるんでしょうか・・・と、へろへろになった頭で感慨に耽りながら・・・

料理もどれもが上品で美味しかったのですが、特筆すべきは、
DSCN9052
まずはこちらの恩格貝で飼育されてるダチョウのタマゴ・・・
これで1個の半分、しかも白身は取り分けた後・・・
ダチョウは肉もタマゴも羽も皮も無駄なく売れるので、一時期は恩格貝でもブームでしたが、今はどの程度が飼育されてるんでしょうね・・・白身が半透明で独特の食感でしたが、ま、ふつーの茹で卵・・・が20個分ぐらいでした・・・

で、わたくしの一番のお気に入り、恩格貝では今回はじめて食べたのが・・・
DSCN9055
羊肉の蒸し焼きでした・・・
モンゴル(外モンゴル)のキャンプ場で食べた蒸し焼きよりは、やや羊肉の匂いが強かったですが、塩以外の味付けもしてあり、あっさりした中華風というのでしょうか、岩塩だけのシンプルさとはまた違った味わいで、一人でけっこうな量を食べてしまいました。げふっ

その後は王明海氏から署名入り恩格貝書籍のプレゼント・・・
DSCN9066


DSCN9068
一人一人の宛名まで自筆されてました。

通訳ガイドのバヤンさんからは「北国の春」の絶唱、こちらからも謡曲や百人一首の朗詠などで、さらに次々と乾杯が続いてたのですが、この夜の書記は宴席が三つも入っていたそうです。

と、まあ、この夜も前夜以上にへろへろになったのですが・・・
前夜同様の二次会も懲りずにやりました。
ええ、さすがにこの夜の二次会画像は撮れませんでしたが・・・ひっく

(次号に続きます。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続きであります。
午前中に植林などを終えた恩格貝2日目の昼食後は、
新しくできた「沙漠科学館」へ向かいます。

ちなみにこの日の午後は沙漠ではめずらしい・・・
DSCN8930
雨でした・・・
沙漠の雨は幸せを運んでくるものだし、植林など野外スケジュールは午前中で終わってたので、まさに絶妙のタイミングでした。恩格貝では年間300mm程度の降水量はあるものの人類が砂漠化してからは全く保水できず、毎年、大洪水と極度の乾燥の繰り返しだったのであります。

宿舎からバスで15分ほど・・・
DSCN9042


DSCN9040


DSCN9037
こちらは帰りがけに撮った画像ですが、けっこう大きな施設でした。

正面ロビー
DSCN8933


以下、展示をさくさくっと・・・
DSCN8935
世界の乾燥荒漠地・・・といった意味でしょうか・・・

わたくし、これまでの記事でも「沙漠」と「砂漠」の文字を使ってますが、乾燥荒漠地の中でも、雨の少ない荒漠地が沙漠、その中でも砂の沙漠を指すのが、
「砂漠」なのでありますね。

日本では沙漠といえば砂漠のイメージしかありませんが、他にも岩石沙漠の礫漠(中国語でゴビ)や塩分などが多い土の沙漠の土漠などがあり、わたくしは雨の少ない荒漠地全体を指す場合に「沙漠」の文字を使うことがあります。
ま、今回のツアーでは殆どが「砂漠」でしたが・・・

そう、前回記事で紹介した遠山先生の沙漠講座の中で、「沙漠にも水はある!!! 沙漠の沙の字は、サンズイに少ないと書く!!! すなわち水の少ない荒れ地が沙漠!!!」と大声で教えられましたから・・・

最近では雨の全く降らない昔からの極沙漠も緑化しようという動きがあるようですが、地下水や雪解け水などの使用量は莫大になり地下水脈や河川の流量を激減させ、土中の塩分濃度も急上昇させますから、一口に沙漠緑化といっても持続可能な方法が重要で今後も注視が必要です。

恩格貝の土地利用規制計画図でしょうか・・・
DSCN8934
よく分かりませんが、「国際生態城建設区」つーのもありますね・・・
中国やヨーロッパでは城は都市と同じ意味ですから、国際生態(エコ)都市???

まあ・・・
DSCN8936


DSCN8938


DSCN8942
こんな感じのパネル展示が殆どでしたが・・・

一部には・・・
DSCN8943


DSCN8945


DSCN8946
ジオラマなんぞもありました。

もちろん太陽光や風力も・・・
DSCN8952


DSCN8953
風力発電も内モンゴル自治区が圧倒的に多いんですね・・・
メンテや大都市までの送電ロスが大変でしょうが・・・

と、みなさん、真剣にT橋さんの説明を聴いておられました。
DSCN8959


こちらはシルクロードをあらわした地図の一部ですが・・・
DSCN8957
この辺りはN.GKSのツアーで概ね廻りましたねえ・・・


DSCN8961
西夏王国跡とかも行きましたし・・・当時はけっこう自由に入れましたね・・・


DSCN8963
カスピ海(威海)までは行ってませんが、現在では右端2004年のさらに半分以下になってるそうです。


DSCN8970
この人が張本人???

地下水の汲み上げセンタービボットによる大規模農業の航空写真・・・
DSCN8968


その中で・・・
DSCN8969
地下水が枯れて放棄され、砂漠化してしまった部分の画像・・・

いっぽう、窓から外を見れば・・・
DSCN8966
雨に濡れる恩格貝の緑が一面に広がってますが・・・
ここにも地下水の汲み上げセンタービボットによる大規模な農場が17基あるそうです。何せ半径100m以上の農地の上から自動回転する巨大なアームで、汲み上げた地下水を24時間撒き続けるのですから地下水脈が枯れるのも時間の問題、しかもトウモロコシなどの畑ですから、樹木と違って保水も砂の固定もせず収穫すればおしまい、水は土壌には一切戻ってきません。

T橋さんによると、少し前は地下水脈のある場所なら5mか10mも掘ればポンプ小屋ができたけど今は80mから100m掘らないと汲み上げられないそうで、やはり大規模センタービボット農業の影響が大きいのではないかとのことでした。

いっぽうこちら・・・
DSCN8971
清水建設の海水沙漠導入計画??? 1988年9月???
知りませんでしたが、どうなったんでしょう???
確かに淡水ではなく海水ならいっぱいありますが・・・

ちなみにネットで知った知識ですが、
地球の水の内訳は海水97%、淡水3%だそうです。さらに、その3%の淡水の内訳は氷河・氷床77%、河川水・地下水23%で、河川水・地下水のうち使えない水が97%、使える水は3%つーことで、我々が使える淡水は地球の水の僅か0.02%(100x3%x23%x3%≒0.02%)・・・
だそうです。        

恩格貝のビニールハウス栽培
DSCN8972



DSCN8973
こちらも以前のN.GKSツアーで見学しましたね。


DSCN8974
クロレラ栽培も盛んなようですが、これらもすべて地下水の汲み上げでやってるんですね。

とまあ、様々なパネル展示がありましたが、何といっても特筆すべきは・・・
DSCN8994
こちらのコーナー・・・

そう、
DSCN8996


DSCN9012


DSCN9013


DSCN9020


DSCN9006
日本大使館の20周年で各国大使館に配布した記念誌で日中友好の懸け橋として
紹介されていた人たちの中で、唯一の民間人だった二人・・・


DSCN9005
遠山正瑛先生と王明海氏のコーナーでした。

中でも特筆すべきなのは・・・
DSCN9018
ガラスケースに収められ展示されていた・・・


DSCN9015


DSCN9025
N.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)第1次隊の記録誌!!!  
いやあ、これは嬉しかったですね・・・わたくしも表紙写真に写ってるし・・・

愛用品や賞状トロフィーもいくつか展示されてました・・・
DSCN9011
2004年ノーベル平和賞の受賞直前に亡くなられたのは本当に残念ですが、同じ環境保護活動家として先生に代わってケニアのワンガリ・マータイさんが受賞されましたから、先生も草葉の陰で喜んでおられたことでしょう。今は二人で仲良く植林議論をされてるかも知れません。

先生が率いた日本人によって植えられた恩格貝の森は現在500万本だそうですが、その活動に賛同して中国人が植えた森は何千万本にもなり、さらに中国全土では今では何億本、何十億本にもなって増え続けています。やはり偉大な先駆者だったんですね・・・

と、このコーナーの結束語であります。
DSCN9010


ま、あとの展示は大胆に省略して・・・
DSCN9034
正面ロビーへの出口・・・

正面ロビーには・・・
DSCN9035
大きな横断幕に記名するコーナーがありました。
これもいずれ展示品になるんでしょうね。

T橋さんによると、当初は「遠山正瑛博物館」になる予定だったけど紆余曲折を経て「沙漠科学館」になったとかで遠山先生のコーナーもごく一部になり、殆どがパネル展示だけで、中身はまだまだ科学館とか博物館とかいえるレベルではありませんでしたが、ま、こちらも今後に期待しましょう。

と、一行はふたたび宿舎に戻ります。

(次号に続きます。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続きであります。
クブチ沙漠・恩格貝の砂漠植林の最前線に到着した一行は、
DSCN8873
荷物を一か所にまとめて・・・

まずは準備運動であります。
DSCN8872
旅行社のT橋さんがスマホに用意していた「ラジオ体操」は、なんと関西弁バージョン!!!彼は日本沙漠緑化実践協会の役員でもあり東京在住ですから、関西在住者の多い今回のために、こっそりと準備してたんでしょうが、確かにこれはウケましたねえ・・・

で、いよいよスコップと苗木を担いで・・・
DSCN8875
今回はヤナギ40本とポプラ40本の合計80本、高齢者が多いので一人4~5本
の植林です。
昔は一人30本を二日連続、朝から夕方までやりましたが、今は体力が・・・

と、T橋さんやナランさんの指導で植えていきます・・・
DSCN8876
スコップが隠れるまで穴を掘って苗木を入れスコップの柄で根の周りを固めているところ。これをしっかりやらないと、強風で倒れてしまいます。
後ろに見えるポンプ小屋は今回の植林に合わせて前日に完成したばかりだそうです。そう、ここが新たな植林地「日中友好の森」のちょうど入り口になるので設置したそうで、今後はここから奥へ植林、ホースを延ばして潅水していく予定で、まさに最前線なんですね。
ちなみに左に見える四駆のピックアップはナランさんが高齢の澤井代表を乗せてきたもの。

大規模な農業用水の汲み上げは大きな問題ですが、苗木が活着するまでの潅水は不可欠で、植林後もT城さんやナランさんたち現地スタッフの苦労は続きます。

以下、さくさくっと・・・
DSCN8877
遠山正瑛像スタイルで!!! この日もサボってましたが。


DSCN8879
今回、澤井代表に続き二番目に高齢のT田隊員。とても元気です。


DSCN8880
今回最年少で初参加のH田誠一朗隊員。とーぜん一番元気です。


DSCN8881
酒類調達担当のH田隊員。昨日の酒が残ってるのか、やや元気が・・・


DSCN8892
今回女性隊員では最年少!!!で初参加のN村隊員。
不慣れなせいか、やや元気が・・・

と、みなさん(それなりに)頑張って・・・
DSCN8882
雨水が溜まるよう水鉢状に整え、自分の植えた中の1本に記念プレートを付け・・・ちなみに苗木の枝や葉は蒸散を防ぐために、すべて落としてあります。

DSCN8887
新しくできたポンプ小屋から汲み上げた貴重な水で・・・


DSCN8884
ナランさんたちが最初の潅水をして・・・


DSCN8894
植林作業は終了・・・
あとは、我々短期ボランティアは無事に育つことを祈るだけです。
そう、今まで見てきた恩格貝の森は、長期ボランティアや現地スタッフのみなさんが、我々の植林後に一本一本、何度も手入れをして大事に育てられてきた森なんですね。

せっかくなので、全員で記念写真・・・
IMGP2890
ここから先は、人類が砂漠化してしまった土地がまだまだ続いてますが、あと十数年も経てば見渡す限りの「日中友好の森」に変わっているはずです。そうなればタクラマカン砂漠からの砂も定着し森と草原だった本来の自然が回復、うまく付き合えば地元の人たちも豊かになる・・・はずなんですが・・・とりあえず人類の英知も信じましょう!!!

と、今回の植林地を後にして・・・
DSCN8897
ふたたびバスを停めてある舗装路まで歩いて戻ります。

この後はバスで移動、別の砂漠最前線へ向かいました。
DSCN8903
手前はヒツジさんに食べられて枯れ、奥は無事活着してますが、T橋さんによると、奥の土地は前の村長さんの管理地で誰も放牧しなかったので活着したとか・・・いやはや・・・

トカゲさん・・・
DSCN8909


DSCN8910
やはりトカゲ迷彩は沙漠にぴったりですね・・・

みんなで砂丘の頂上を目指します・・・
DSCN8912


DSCN8913


DSCN8914


頂上であります。
DSCN8915
この辺りは五里鳴沙といわれるところで細かい砂ばかりなんですが、前日までの大雨で湿ってて、この日は曇り空で風もなくカメラも無事でしたし、植林作業も砂漠散策も快適でした。

ズームアップしてみると、ここにも人の暮らしがありました。
DSCN8918


DSCN8919
昔ながらの羊飼いの小屋ですね・・・
泥レンガ造りで飼ってるヒツジさんの数はせいぜい十数頭、以前はこんな風景をよく見かけました。もちろんクルマやBSアンテナはありませんでしたが。
彼らが草がない時期のヒツジさんを餓死させないために、植林した苗木の樹皮などを食べさせにやって来ます。何よりも大事なヒツジさんですから彼らも必死ですし、苗木を守る側も必死です。
苗木が育ち森と大草原が戻れば数世代前の豊かな環境が甦るのですが・・・
背景にはすでに植林地が広がって、その中では牧草地も回復してますが、貧しい羊飼いたちが自由に入ることは、おそらく許されないのでしょうね。


とか、頂上であれこれ考えながら、とりあえずは記念写真・・・
6/4画像の追加です。(T橋さん撮影・Y崎隊長複写分)
砂丘頂上でジャンプ


次は一人で・・・
DSCN8916


さらに次は「にせ夫婦」で・・・
IMGP2909


砂丘すべりで遊んだり・・・
DSCN8920
って、砂が湿ってて殆ど滑らなかったようですが・・・

短い時間でしたが、みなさん砂漠を楽しみ、いったん宿舎に戻ります・・・
DSCN8924
こちらは宿舎近くにある、大洪水でえぐられ大きなダム湖になったあたりです。崖の上部に黒い線が見えますが草炭の層で、昔は森と草原だった証・・・

と、宿舎まで戻り・・・
DSCN8927
遅めの昼食であります。
料理の種類も豊富で冷たいビールも飲めましたが、昔は宿舎から植林現場への道路事情が悪く、昼食は温めたボンカレー(長年大塚食品が支援してくれてました。)とご飯をオート三輪や耕運機で届けてもらってました・・・

特に今回はテーブル左上にある「つけ麺」が・・・
DSCN8929
画像はピンボケですが、とても旨かったです。ばくばくかぱかぱ・・・

と、遅めの昼食後はシャワーを浴びて植林の汗を流し、まったりと休憩・・・
午後からは恩格貝に新しくできた「沙漠科学館」へ向かいます。

(次回に続きます。)
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続きであります。
恩格貝2日目の朝・・・
DSCN8805
早朝から散策していた隊員たちが作業帰りのオート三輪に乗せてもらって、
戻ってきてました。


DSCN8799
左は沙漠の緑化基地として全国的に有名になってから観光用に建てられた展望台。ただし窓ガラスの内外にびっしりと細かい砂が付いてて眺望は良くないようです。そりゃあ窓ガラスの外側をメンテするのは大変だし、飛砂ですりガラスになるでしょう。
右の風車は植林初期にドイツの援助で建てられた風力発電用で、こちらも完成してすぐに砂で動かなくなったそうで、稼働後のメンテへの援助や指導は一切なかったようです。まさに海外援助失敗例の典型ですね。

ちなみに6年前の恩格貝賓館は中国全土からの見学客でいっぱいでしたが、今回は我々だけ、日本沙漠緑化実践協会の数次隊も参加者がめっきり減ったようで、やはり中国政府が本腰を入れて緑化政策をやり出すと、そのやり方は別としても我々のボランティア活動は一段落という感じでしたし、中国国内でも一時期はブームに沸いたものの、あちこちで緑化が進むと、ここまで来ないでしょう。

ここ恩格貝での植林と育林、農業開発と観光開発は、まさに試行錯誤の繰り返しで、政府や地方、投資家たちの思惑もあり、遠山先生の遺志を継ぐためにも今後も注視しなければなりません。

・・・といったよーなことは、いったんおいといて・・・
DSCN8810
とりあえずは朝食であります。
この後、熱々の饅頭なども出ましたが都市部のホテルに較べるとシンプルなものであります。
ま、わたくしはチャーハンのおかわりを頼みましたが・・・げふっ

と、たっぷりのシンプルな朝食後は・・・
恩格貝宿舎前
まずは恩格貝賓館前で記念写真。
この日は全員N.GKSの「DO YOU KYOTO?」バージョンTシャツを着ています。1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)に因んで京都から世界へ発信している合言葉で、「京都してる?」というのは「環境にいいことしてる?」という意味、祇園祭の山鉾と大樹を組み合わせたデザインはN.GKS隊で何度も隊長をされてる切り絵作家T富さんのもの・・・


と、高齢の澤井代表以外は、まずは徒歩で・・・
DSCN8811


DSCN8813
池畔にずらりと並べてあるのは電動?レンタサイクル・・・


DSCN9090
荷台がソーラーパネルになってるのですが、ボトムブラケット(BB)にモーターは付いてなかったし、後輪のリムかタイヤをローラーで廻してるのか、ソーラーだけで充電できるとも思えませんが・・・ひょっとしてテールランプがさりげに光るだけ・・・だったりして・・・

と、あれこれ考えながら・・・
DSCN8815
池の対岸にある石壁を目指します。

そう・・・
DSCN8817
1989年からの恩格貝での緑化功労者の名前が刻まれている石壁です。

ええ・・・
DSCN8818
我がN.GKS澤井代表の名前もありました。わたくしの名前も(壁の裏側に)刻まれてたはずですが残念ながら確認する時間はありませんでした。

その後は・・・
DSCN8819


DSCN8821
近くにある遠山正瑛記念館へ・・・

ま、せっかくなので・・・
DSCN8820
緑化功労者の二人・・・
って、
6年前にも同じことしてるな・・・まったく進歩がないな・・・

DSCN8832


DSCN8826
記念館という名称ですが本人の遺志で分骨されてるので、ここが恩格貝での先生のお墓、外の彫像も、この記念館も、すべて中国政府によって作られたもの。

中にあった古い写真・・・
DSCN8828
今の恩格貝賓館がちょうど完成した頃でしょうか・・・
移設前の遠山先生の像が噴水の下に見えますが、記事冒頭の画像とは樹木のボリュームが全く違いますね。
右上に見えるロ型の平屋建てが古い宿舎で、遠山先生もずっとここで暮らされてました。
わたくしも初期にはここに泊まってましたが、当時はトイレもシャワーも共同で、トイレは一本の溝に簡単な間仕切りがあるだけ、しかも慣れない日本人がトイレットペーパーを一緒に流してしまうので、よく詰まってました。シャワーもお湯が出るのは夕方の一瞬だけで、しかも温度調節は至難、熱湯や冷水を浴びてました。食事も当時は羊肉と野菜を獣油で炒めた全く同じ味付けのものが野菜を変えて数種類、おかずもご飯もお皿もコップも、すべてが砂まみれでした。
ま、わたくしはその当時でも何度もおかわりしてましたが・・・ばくばくばく

で、古い宿舎では毎晩・・・
DSCN8829
遠山先生の沙漠講座があり、先生も我々も植林で疲れ果て夕食でたっぷり食べて飲んだ後でしたが、それでも短期ボランティアのために熱心に話されてました。
ま、わたくしはうとうとしてましたが・・・


で、記念館の隣の棟に、その古い宿舎での先生の部屋の内装が移されてました。
DSCN8836


DSCN8839
今回はじめて見ましたが、粗末なベッドと机だけのじつに質素な部屋だったんですね。
晩年にマグサイサイ賞を受賞され、ノーベル平和賞の受賞直前に亡くなられた偉人の部屋とは、とても信じられませんが、90歳を過ぎても、ずっとここで暮らされてたんですね。

と、感慨に浸りつつ記念館で澤井代表と合流、バスに乗りました。
道すがら・・・
DSCN8840


DSCN8843


DSCN8844
6年前にはなかった施設が・・・
何をやるつもりなのか、よくわかりませんでしたが・・・

歩行者・自転車専用道まで整備されてました・・・
DSCN8845
この辺りは全滅した植林地の沿道に再植林してるようですが・・・

よく見ると・・・
DSCN8859


DSCN8861
高く育っている部分、あまり育っていない部分、全滅して草地になっている部分があります。
高く育っている部分は洪水で栄養分の豊富な砂が運ばれてきたところ、ところがそんな場所は大洪水になると何万本もの苗木が一度に流されてしまうこともあり、過去にN.GKSで3000本(自分たちで植えたのは300本で残りは現地スタッフに植えてもらいましたが)を植林した場所も、低地で地下水が溜まりやすい場所だったので、きっと大きく育つだろうと期待していたら、大洪水で全て流されてしまったこともありました。まさに試行錯誤ですね。

全滅している部分は、当初は放牧されたヒツジさんに苗木の柔らかい樹皮を食べられてたもので、牧柵で入れないようにして3年も経つと樹皮が硬くなって食べられなくなるのですが、少し生態系が回復してくると、今度はウサギさんが登場、硬い樹皮も食べるし牧柵も穴を掘って越えるので大増殖、今ではウサギさんの被害が一番大きいそうです。さらに生態系が回復して、ウサギさんの天敵である猛禽類などが戻ってくるとバランスの取れた森になるそうですが・・・

そこで・・・
DSCN8851
王明海氏が自らの管理地に設置した5kmにも及ぶ「万里の長城」!!!
地下は20cmまであり、ヒツジさんはもちろん、さすがのウサギさんも侵入できないとか・・・

さっそく中に入って・・・
DSCN8850


N.GKSのTシャツを着て待っていただいてた王明海氏ご本人から、
DSCN8854


直接説明を受けます。
DSCN8855
中央にあるのはナツメの苗木で、地元の雇用も考えると今はナツメの植林が一番いいと考えているとのことでしたが、N.GKSの澤井代表からは、現地の土壌からナツメの化石は出土しているのか、ニレやマツやポプラなどはあったが化石にないものを植えるのはリスクが大きいと指摘がありました。
現地長期ボランティアのT城さんによると、今は古い土壌の上にタクラマカンの砂が堆積しており、この砂でも育つよう品種改良されたナツメを植えているとのことでしたが、やはり試行錯誤なんですね。

そう、じつは今回、遠山先生と苦労を共にされてきた王明海氏に何かプレゼントしたいと打診したところ、モノは要らないので、そのお金でN.GKSの森を作りましょう、とおっしゃっていただき、ここが、その予定地だったのであります。
ちなみに1000本のナツメ森を作るのに必要なお金は澤井代表と今回の隊員とN.GKSで出し合い昨夜の贈呈式で奈良の地酒などととともに、ご本人に渡しました。

ま、せっかくなので・・・
IMGP2847
「N.GKSの森」予定地で王明海氏と記念撮影・・・

と、この後は恩格貝でのボランティア植林の最前線へ移動・・・
DSCN8866
手前の植林地はヒツジさんやウサギさんで全滅してましゅが・・・

バスを舗装路に停めてからは徒歩で・・・
DSCN8867
昔は包頭・恩格貝間の道もこんな状態でした・・・

と、とことこ歩いて今回の植林地を目指します・・・
DSCN8869
そう、いよいよ植林作業であります。
(と、次号に続きます。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続きであります。
チンギス・ハーン陵(とされるところ)を後にした一行は、
高速を途中まで包頭方面へ戻ります・・・

こちらは往路で撮影した画像ですが・・・
DSCN8558
復路も反対車線は超大型トラックで渋滞してました。
この日は日曜日で時間的にも逆方向になったのか、大きな渋滞には巻き込まれずに済みましたが、旅行社のT橋さんによると、ひどい時は石炭60t積み大型トラック(80tぐらいに過積載してるそうで、長距離なので罰金を払っても儲かるとか・・・)が包頭・オルドス間を埋め尽くすようです。
そう、渋滞区間が200km以上となり、包頭・オルドス間が全線クルマで繋がってしまうとのこと。そうなると新旧の高速道路が何日間も全く動かなくなるので、できればこの区間は避けたかったそうですが、ま、オルドス市はどうしても見たかったわけで・・・

で、こちら・・・
DSCN8695
6年前に乗った包頭から西安へ向かう新線でしょうか、
その向こうにも鉄道橋が見えますね。

と、途中からクブチ沙漠を西へ走る高速に入り・・・
DSCN8703
鳴沙湾・服務区(SA)でトイレ休憩・・・
ちなみに中国語でサービスは服務、エリアは区ですからまさに直訳で、
じつに分かりやすいです。


DSCN8701
見渡す限りの緑が広がってますが・・・


DSCN8702
あくまで「見渡す限り」で、稜線の向こうはクブチ沙漠です。

もちろん、こちらの公共衛生間(公衆トイレ)も・・・
DSCN8700
巨大でぴかぴかでした・・・
さすが習近平トイレ改革が徹底されてますね。
ちなみに6年前は新しいSAの公衆トイレも「公厠」と書かれてましたから、習近平トイレ改革以降に設置されたものは「公共衛生間」に統一しているのかも知れませんね。

鳴沙湾・旅游区・・・
DSCN8705
前日までの大雨で砂の中の種子が一斉に芽吹き、一面に草が生えてますが、
本来は「鳴き砂」で有名な砂丘です。

偶然ですが、1998年にN.GKS澤井代表が恩格貝で植林した際に、我が家の次男に送った絵葉書が、たまたま出てきたので紹介しておきます。
DSCN9405
スタンプは1994.4.21になってますが、ここ鳴沙湾の絵葉書です。


DSCN9406
1998.10.27に北京から送られてきた絵葉書で、発行はオルドス市になる前のイフ・ジョー盟の郵票公司になってますね。オルドス市になったのは2002年ですから、とーぜんなんですが・・・

この翌年の1999年に澤井代表がN.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)の第1次隊を率いて恩格貝で植林、その後モンゴルの草原やボルネオ島・アマゾンの熱帯雨林でも植林しましたが、内モンゴルでも何度か植林ツアーを組織し、今回2018年の第23次隊まで続けてきた次第。なのでクブチ沙漠の恩格貝はN.GKS活動の原点だったのであります。

クブチ沙漠は日本の四国ほどの面積で近代化によって人が砂漠化したところ、葉書にもありますが、この時点では故・遠山正瑛翁が率いていた日本人ボランティアが中心になって大阪市の市域ほどが植林されていたのであります。

その後に2000年の西部大開発プロジェクトや2008年の北京オリンピックへ向けた中国政府主導の緑化政策が進み、これまでの記事で見てきたように「見える範囲」はずいぶんと緑化されましたが、グーグル画像で見ると一目瞭然、クブチ沙漠はまだまだ西へ広がったままなのであります。

と、いよいよ恩格貝が近づいてきました。
DSCN8715
この辺りはすでに植林地に囲まれ砂が固定してるので、様々な投資家が様々な事業を展開しているとかで、こちらは見渡す限りのビニールハウス、クロレラを栽培してヨーロッパに輸出しているそうです。

こちらは見渡す限りのソーラーパネル・・・
DSCN8723


DSCN8720
地平線に森林が広がっているのがおわかりでしょうか・・・
そう、ここでも植林地が砂を固定してるのでソーラーパネルの設置が容易になったんですね。ちなみにパネルの下は日陰になるので強い太陽熱に弱い作物も育つそうです。
6年前にはタクラマカン砂漠で見渡す限りの発電用風車群を見ましたがソーラーパネルは砂を被れば発電できませんから、砂が固定しているのは投資家にとっては魅力的なんでしょうね・・・
ただ、ビニールハウスの水耕栽培にせよソーラーパネルの洗浄にせよ、大量に使う水はすべて地下水の汲み上げですから、最近は恩格貝の湧き水の水位が著しく下がってきているそうで、太陽光だけのクリーンなクロレラだ、クリーンなエネルギーだ、と手放しでは喜べません。本来は水の循環利用とかも考えなければいけないのですが、恩格貝では大規模な農業も含めすべて投資家たちが事業としてやってますから効率優先、しかも失敗すればそのまま放置・・・そう、課題は大きいのですが、一方で雇用が激増して現地が豊かになっていることも事実・・・

ま、この話は今後の記事で詳しく書きたいと思っています。

二泊三日の宿舎となる恩格貝賓館への道・・・
DSCN8726
植林ツアー初期には街路灯や樹木はもちろん舗装もなく、沙漠のど真ん中の悪路でしたが、来る度に見違えるほど、きれいになってますね・・・

恩格貝賓館であります。
DSCN8807


宿舎の反対側には一面の緑が広がっています・・・
DSCN8806
・・・が、画像をクリックして拡大して見ていただくと、
その先にはクブチ沙漠が広がっています。

で、まずは宿舎の玄関で、モンゴル族伝統の歓迎を受けます。
せっかくなので、今回は(H田さん撮影)動画でご紹介・・・

注いでもらった強い蒸留酒・白酒(パイチュウ)を右手の薬指で、その地の天と地と人々、そして自分に捧げ、一気に飲み干すもので歓迎の唄が続いている間は何杯飲んでもいいはず・・・

昔は大きな牛の角をくり抜いた杯で老若男女を問わず飲めない人でも飲まされたものですが、さすがに最近は「無理しなくていいです。」とゆーことになったようです。

と、歓迎の儀式を受け、自室で一息ついた後は・・・

とーぜん大宴会であります・・・
DSCN8751
今回はN.GKSの澤井代表が高齢を押して、ひさしぶりに名誉隊長として参加してたので、古くからの長期ボランティアT城氏や現地スタッフ、日本沙漠緑化実践協会の現地責任者であるO常務理事なども来てくれました。

そして・・・

27年前に一人だけ遠山先生の趣旨に賛同し、住民にも政府にも全く理解されていなかった植林事業に二人三脚で取り組んできた地元の実業家、王明海氏も到着。
DSCN8781
澤井代表とは、じつにひさしぶりの対面であります。

彼はこの恩格貝賓館のオーナーでもありハウス栽培なども幅広く経営する
地元の名士・・・
DSCN8763
並んだ料理もいつもより何となく豪華な感じ・・・


DSCN8755
最初からずらっと並んでた高級白酒(パイチュウ)や・・・


DSCN8757
ビールも含め、すべて王明海氏が用意して下さったもの・・・

ちなみに宴席でのパイチュウは・・・
DSCN8761
こんな徳利に移し替えて飲むんですね・・・
なくなると、すぐに注ぎに来てくれてました。

と・・・
DSCN8760
Y崎隊長の発声で、まずは日本式にビールで乾杯・・・

続いて・・・
DSCN8762
N.GKS澤井代表から王明海氏の娘さんへの百人一首おかきのプレゼントや
ご本人への日本酒(奈良の地酒)などなどのプレゼントとか・・・
ちなみに中央は現地スタッフで通訳のモンゴル族のナランさん。

Y崎隊長から日本沙漠緑化実践協会の現地責任者O常務理事へ
「岸和田だんじり祭り」タオルの贈呈とか・・・
DSCN8767
そう、昨年3月のボルネオ植林ツアーに参加されたS井さんから、今回も大量のタオルを預かってて協会や隊員にプレゼントしたのであります。高品質で名高い大阪・泉州製のタオルですから丈夫で長持ち、植林作業にもぴったりです!!!

まあ、その後は中国式とゆーかモンゴル式とゆーか、
DSCN8791
すべてのテーブルで延々と乾杯が繰り返され、このテーブルは女性も多くビール中心でしたが、あとのテーブルでは次々とパイチュウで乾杯、まあ、現地のみなさんのよく乾杯すること・・・ま、わたくしも宴会担当副隊長としての責任上、最後までお付き合いしましたが・・・げひげひ

と、すっかりへろへろになり、宴会場を出る頃には・・・
DSCN8792
周辺はすっかり暗くなってました。
停電の多かった昔に比べて随分明るくなったとはいっても、やはり沙漠のど真ん中ですから晴れてたら満天の星が見えるのですが、この日はあいにくの曇り空でした・・・

で、自室に戻ってすぐに就寝・・・するはずもなく・・・
DSCN8796
王明海氏が澤井代表のために用意してくれてた貴賓室の応接間で二次会!!!
宴会場からもらってきたパイチュウにフロントで買った缶ビール、酒類調達担当のH田さんが持参した黒霧島に赤霧島、シーバスリーガル・ペットに入った角に、ジョニ黒・ペットに入った赤なんぞを、持参した乾き物なんぞでかぱかぱ、夜遅くまでの大騒ぎとなりました。

ええ・・・
DSCN8794
奥の部屋では澤井代表が一足先に寝てたのですが・・・
と、恩格貝での第一夜も、へろへろと更けたのでありました・・・ひっく
(次号に続きます
。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続きであります。
一行はオルドス市の中心部から、さらに南下してチンギス・ハーン(成吉思汗)陵とされているところへ向かいました。
DSCN8624
あちこちの炭鉱(跡?)を過ぎ・・・


DSCN8627
こちらの砂丘は「植林のし忘れ」つーより、砂漠遊園地として残してあるようですね。なにせ高速道路から「見える範囲」ですからねえ・・・

数少ない営業中の服務区(SA)でトイレ休憩・・・
バブル崩壊後は鬼城化した新設SAも多いとか・・・
DSCN8629
成陵(成吉思汗陵)服務区(SA)の公共衛生間(公衆トイレ)へ急ぎます。
鬼城化したSAは閉まってるし、昔のように高速道路の走行車線にバスを停めて道端で用を足すと今は厳しく罰せられるそうですから、この日のトイレ休憩はここが初めてでした。

さすが「習近平トイレ改革」は徹底されてて・・・
DSCN8631
公衆トイレはどこもぴかぴか、清掃も行き届いてました。
しかも個室はドアが上から下まであって、きちんとロックできるようになってました。6年前に嘉峪関付近で入った新設SAのトイレは清潔でしたが、男子小用の間仕切りはなく、個室のドアは中ほど1/3程度でロックはなかったので、まさに全国的な大改革ですね・・・

と、ふたたびバスに乗り込み走ります・・・
DSCN8633
この辺りは植林地に囲まれて牧草地が回復し牛さんが放牧されてました。
ただし稜線の向こう側は砂漠化したまま・・・なんでしょうね・・・
なにせ高速道路から「見える範囲」だけですからねえ・・・

と、ようやく・・・
DSCN8636
成陵(成吉思汗陵)インターの出口へ・・・
いよいよチンギス・ハーン陵・・・
・・・へ行く前に・・・
DSCN8649
まずは「草原情大酒店・餐飲部」で昼食であります。
店名がいかにもです・・・

で・・・
DSCN8642
とりあえずは乾杯・・・


DSCN8643
ドイツ系でしょうか、このビールも旨かったな・・・かぱかぱ・・・

まあ、あとはみなさん・・・
IMGP2750 (1)
ひたすら、ばくばく、ごくごく、もぐもぐ、んぐんぐ・・・
ここのビールは旅行社T橋さんの奢りだったので、ご覧のとおり空き瓶がずらっと並びました。T橋さん、ご馳走様でした!!!

で、ようやく人心地がついて、店を出て一息・・・
DSCN8650


DSCN8651


DSCN8652
オート三輪も植林ツアーの初期に較べ新車が増えましたねえ・・・

と、今度こそチンギス・ハーン陵へ向かいます・・・
DSCN8653
このあたりの青い屋根はチンギス・ハーン陵で働く人たちの住宅街だそうです。

前回紹介したウィキペディア記事にもありましたが、ここは15世紀に移住してきたモンゴル族オルドス部の人たちがチンギス・ハーンを祀っている場所で、通訳ガイドのバヤンさんのお母さんもチンギス・ハーンの第三夫人を祀る仕事を先祖から受け継いで今は37代目だそうです。
お墓は別としても、この辺りにチンギス・ハーンの宮廷あるいは休息所があったことは事実でしょうし、ずっとここでチンギス・ハーンを祀り続けている人たちがいることは紛れもない事実でした。

と、ようやくチンギス・ハーン陵(とされるところ)に到着、まずは記念撮影であります。
IMGP2758 (1)
はるか奥に見えるのが陵墓(とされるところ)で、ここから歩きます。

反対側には・・・
DSCN8656
さらに長い参道が伸びています。

そう、
DSCN8689
画像をクリックして拡大いただくと分かりますが、我々は赤い線で囲まれた施設の9割以上をショートカットして、左上の駐車場まで来たのですが、それでもかなり歩くことになります。

以下、さくさくっと・・・
DSCN8661
12年前に訪れた時と同じ騎馬像の前で・・・

そう・・・こちらが12年前の画像であります。
4cd2e007.jpg
施設は充実してるようですが、本人の体型はあまり変わりませんね・・・

でも、あの時はモンゴル族のおねいさんのガイド付きだったものなあ・・・
62bb48a1.jpg
彼女もモンゴル族オルドス部の出身だったんでしょうね・・・
今頃どうしてるのかな・・・


DSCN8663


DSCN8664


DSCN8665
12年前には、確かこんなのはなかったはずです・・・

正面左側にある天に祈るための祭壇・・・
DSCN8668


正面にある霊廟(お墓とされるところ)・・・
DSCN8674
12年前にも書きましたが、いずれも基壇部は中国伝統の陰陽説による円形と方形の組み合わせ、上部構造はモンゴル伝統のゲルや祭壇になっています。
まさに民族融和の象徴として建てられたんですね・・・

せっかくなので・・・
IMGP2769 (3)
霊廟前でも記念写真。
ちなみに今回のツアーでは、集合写真はH田隊員の一眼レフで、旅行社T橋さんにシャッターを押してもらってたのですが、T橋さんが記念写真での中国式掛け声を教えてくれました。「1,2,3,茄子!!!(いー、あー、さん、ちぇいずっ!!!)、ダメダメもっと大きな声でもう一度!!!」 そう「チーズ!!!」は英語なので中国語ではよく似た発音の「茄子!!!」でやってるんですね。その後、観光地でこれを大声でやると、周りの中国人観光客から大受けでした。

で・・・
DSCN8670
ここから中は撮影禁止でしたが、12年前にあった近代的(ソビエト的)な怪しい展示は一掃され、発掘された遺物などが中心になってました。

通訳ガイドのバヤンさんによると内部に灯されている灯明は、混乱期には遠くの省まで運ばれて、ずっとオルドス部の人たちが守り続け、これまで一度も消したことはないそうです。

で、戻る道すがら・・・
DSCN8677


旅行社のT橋さんの指し示す、このあたりの松9本が・・・
DSCN8681


DSCN8682
1991年に故・遠山正瑛翁が自ら隊員を募集し隊長を務めた「日本沙漠緑化実践協会」の第1次隊が植樹したもので、第1次隊は悪天候で恩格貝へ入れず、やむなくここで記念植樹されたとか・・・今では協会からの派遣隊だけでも250回を超えているようです。

T橋さんによると、第1次隊の記念プレートが見つからず、工事のため一時的に保管されているか新しく作り直されているのではないか、とのことでした。

ま、せっかくなので12年前の画像をご紹介・・・
8f15daf7.jpg
少なくとも松は大きく無事に育ってるようですね・・・よかったよかった・・・

まあ、近くにできてた新しいプレートにも・・・
DSCN8685
故・遠山正瑛翁の座右の銘が書かれてたので、当面はよしとしましょう・・・
とのことでした。

で、駐車場まで戻り、12年前よりはるかに立派になってた売店へ・・・
DSCN8690


DSCN8691
モンゴル服はすでに奥様用のがあるしなあ・・・


DSCN8693


DSCN8692
中国の国内線では、武器類は託送荷物に入れててもひっかかるし・・・

白酒(パイチュウ)入りのよさげなスキットルがあったのですが、実用には軽いペットボトルが一番だし・・・とゆー次第で、今回みなさんへのお土産は一切ありません・・・げひげひ

と、チンギス・ハーン陵(とされるところ)を後にした一行は、いよいよクブチ沙漠の植林拠点となっている恩格貝を目指します。

(次号に続きます。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

前回記事からの続きであります。
内モンゴル二日目の朝、包頭市内のホテルを出た一行のバスは高速道路をひたすら南下し、オルドス市を目指すことになります。
DSCN8514


DSCN8516
包頭市のシンボル、鹿のモニュメントともお別れし・・・


バスは黄河を渡ります。
DSCN8520
ご覧のとおり、今は近くに何本もの橋が架かってますが、植林ツアーの初期には近くに橋はなく、鉄の箱舟を並べて鉄板を乗せた「浮橋」を渡るので、車体を軽くするためバスから降りて鉄板上を歩いたり、道路でも未舗装部分で何度も砂に埋もれてスタックし、みんなで押したりしてましたが、現在は片側4車線の高速道路が平行して何本も走っています。
さらに当時は郊外へ出ると、貧しい家は日干しの泥レンガ作りで、ふつーの家は焼きレンガ作り、金持ちの家になると壁はタイル張りが定番でしたが、
今では・・・
DSCN8525
どの家も真っ白な壁と赤い屋根で統一され、とてもきれいになってました。
ただ、すべて同じ色で、しかも新しいので不思議に思ってると、旅行社のT橋さんから説明があり、新しい市長が郊外をクルマで走ってみると、あまりに家屋がみすぼらしかったので、全ての壁を白く、屋根を赤く塗るよう指示して補助したからで、中味は昔のままとのことでした。

他にも、大規模な緑化でオルドス市までの200kmも見渡す限り植林したけど、あくまで政府要人が高速道路を走る際に見える範囲だけで、そこに枯れた木があれば急いで緑のペンキを塗ってたとか、いかにも現代中国らしいエピソードも、
あれこれと話してくれてました。
そう・・・
DSCN8527
この稜線の向こうは沙漠のままなんですよね・・・
グーグルの衛星写真で見ると、すぐにわかるんですが・・・
まあ、砂を固定して道路を守るため、まず道路周辺から緑化していくのは確かに基本なんですが、「見える範囲」とゆーのが、やはり現代中国らしいです。

と、料金所をいくつか通過・・・
DSCN8530
ちなみに料金所では何回か交通警察が抜き打ちで車内に入ってきて、シートベルトの着用を確認してました。
けっこう厳しいですが着用率を高めるには有効ですね。




DSCN8529
イタリアのアウトストラーダではTELEPASSでしたが、中国は日本と同じETCなんですね・・・ただ後払いではなく先払いで、このETCが全国に普及する前に、すでにスマホを使う最新のITCがあちこちで導入されているようです。中国の高速道路は植林初期には粗末なものでしたが、今や全国に13万km、さらに毎年6000km以上を延伸しているとか・・・日本の高速道路の総延長が9000kmですから凄い勢いです。これも現代中国らしいですねえ・・・

と、あちこちに炭鉱(跡?)が見えてくると・・・
DSCN8534
いよいよオルドス市の中心部に近づいてきたようです。

(以下ウィキペディアより一部抜粋)

オルドス市
は内モンゴル自治区西南部に位置する地級市。
黄河が北に大きく屈曲した地点にあたるオルドス高原に位置する。
2002年2月26日、伊克昭(イフ・ジョー)盟から市となった。

オルドス市の市域は(近代化以前は)遊牧の好適地であるとともに、モンゴル高原から華北、華北からモンゴル高原に通じる交通上の要衝であり、古くは匈奴と秦・漢が争奪した地帯である。
匈奴の呼韓邪単于は、後漢に従いこの地に王庭をおいた。
15世紀にモンゴル族のオルドス部が移住してきたため、これにちなんで地名の上でもオルドスと呼ばれるようになった。
オルドスはモンゴル語・テュルク語で「宮廷」を意味する「オルド」が語源であり、この集団はモンゴル帝国の始祖チンギス・ハーンの生前の宮廷をチンギスの霊廟として奉祀しており、現在も成吉思汗陵が存在している。(ただし実際の墓ではない。もともと移動式のゲルでチンギス・ハーンを祀っていたのを変更して、周恩来とウランフの後押しで1956年にできた建物であり遺骸は棺になく弓矢や鞍などが祀られてる。しかし棺を担いだオルドスの扎薩克で中国最後のモンゴル王公である奇忠義は人骨の一部が納められていたとも証言している。)

貧困都市であったが、1990年代から石炭生産に力を入れたことで中国有数の産炭地となり、石炭バブルによって空前の好景気に沸いた。2000年の西部大開発プロジェクトを受けて開発が進み、人口も約30万人から200万近くに急増した。1人当たり域内総生産(GDP)が2007年に北京や上海を抜き、2010年には香港やマカオと並ぶ中国トップクラスとなり、バブル崩壊まで「中国一豊かな都市」と呼ばれた。

2003年から建設が始まった康巴什新区(カンバシ新区)のような巨大なニュータウンでは、開発と不動産投資が急速に進みすぎ、人の住まない住宅が増えて鬼城(ゴーストタウン)化も問題視されるようになっている。『浙商網・浙江経済報道』の2013年の報道によると、石炭価格の大幅な値下がりにより市内に35ある炭鉱の半数以上が停止しており、市の成長率は内モンゴル最下位にまで落ち込んだと報じられており、1,000億元以上の負債を抱え、不動産市場が崩壊しているオルドス市は危機に瀕しており、中国の地方政府として初の破産に直面していると報じる中国メディアもあった。
・・・
ちなみに旅行社のT橋さんによると、現在の人口は40万人とのことです。
そう、不動産バブルが崩壊して石炭価格も下落、新築や建築中のまま放置された高層マンションや高層ビルが立ち並ぶ「最新廃墟都市」で、廃墟好きとしては一度は見ておきたかったのであります。

以下、さくさくっと・・・

まだ郊外ですが・・・
DSCN8535
建築途中で放置されてるのがお分かりでしょうか・・・

せっかくなので動画でもご紹介・・・



この一画は見渡す限り建築中で・・・
DSCN8540



DSCN8542
どの棟も放置されたままです。


DSCN8544
こちらは完成してますが、住んでるのは数世帯だそうです。まさに鬼城・・・


DSCN8546


DSCN8551
こちらも窓ガラスがなく全棟が未完成・・・


DSCN8553


DSCN8566


DSCN8572


DSCN8585


DSCN8579
人が住んでるのはごく一部のようですが、街路樹や道路などのインフラは今のところ、まだ管理されているようでした・・・

こちらは商店や事務所・・・
DSCN8580


DSCN8582
やはり無人であります・・・

こちらは・・・
DSCN8618


官公庁でしょうか・・・
DSCN8619
日曜日のせいもあるのでしょうが、ほぼ無人でした・・・

オルドス市のシンボルは「馬」・・・
DSCN8574
中心部なのでクルマは走ってましたが包頭の比ではなく、住んでる人は少なそうです。


こちらは低層の高級コンドミニアム・・・
DSCN8607


DSCN8547
やはり無人のままが多いようです。

ま、日曜日でしたから・・・
DSCN8614


DSCN8604
人工湖のほとりや・・・


DSCN8609
「オルドス婚礼文化園」とゆー公園施設には人も集まってましたが、
都市規模の割には圧倒的に少数で、やはり包頭の比ではありません。

こちらは日本でいう「国民体育大会」のために建てられたスタジアム・・・
DSCN8603
オリンピックの開会式でもできそうですが、今は利用されていないそうです。

ともかく・・・
DSCN8599
日本でもバブル崩壊後に放置された建物やリゾートはけっこうありますが、
なにせ規模が違いました。いやはや・・・

と、この後は120万人規模で完成しマンションも完売したけど2万人しか住んでいないとゆー最新の「カンバシ新区」へ入って詳細を見る予定だったのですがドライバーが道を間違えたようで、ついに時間切れとなり、たどり着くことはできませんでした。

いやあ、それにしても・・・
と、複雑な思いを抱きながら一行はさらに南下、いよいよ上記ウィキペディアの説明にもあった、チンギス・ハーン陵(成吉思汗陵)???に向かいます。

(以下、次号に続きます。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

第23次隊で5月19日から5日間、内モンゴル自治区に行ってきました。
参加人数は21名(旅行社T橋氏を含み22名)で、全員元気に帰国しました。
今回ツアーにご寄付をいただいたみなさんに、まずお礼を申し上げます。

N.GKSでは、この数年間たまたまマレーシア・ボルネオ島での熱帯雨林再生のための植林ツアーが続いてました。
そこで故・遠山正瑛翁が内モンゴル自治区・クブチ沙漠の恩格貝で植林ボランティアを始めてから今年で27年目になるし、N.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)として初めて植林してからでも19年目、特に2008年の北京オリンピック前後から中国政府が国を挙げて緑化を推進して10年が経過したので、今回あらためて現地の変容ぶりを確認し、その現状と課題を・・・となった次第。

ま、わたくし98kは今回(宴会担当)副隊長でしたので、いつもどおり食べ物中心の紹介になりますが・・・

昼前に関西空港(東京組は成田空港)に集合、慌ただしく出国手続きを済ませ搭乗ゲートへ・・・
DSCN8450
搭乗予定のエア・チャイナ機は、すでに駐機しているというのに・・・

さっそく搭乗前宴会をやってる宴会担当98k隊員と同担当Y原隊員・・・
IMGP2718
「ありゃま、もう搭乗口に並びはじめたようですよ・・・もぐもぐ・・・」
「ようやく座ったばかりだけど、あわてて飲み切らねば・・・ごくごく・・・」
ちなみに、この画像を撮ってもらってた酒類調達担当のH田(昨年のボルネオ島ではT中)隊員は、搭乗ゲートに来るより先に、混んでた売店の行列に並んでたようで、すでに飲み切った後でした。
さすが酒類調達担当ですねえ・・・あっぱれ、あっぱれ
さらにちなみに、今回はH田隊員の撮った画像もダウンサイズして使わせていただいてます。

と、全員無事に搭乗し巡航高度まで上がると、さっそく・・・
DSCN8455
エア・チャイナのおねいさんに頼んで・・・


DSCN8456
ひさしぶりの燕京ビールをば・・・

やがて軽食が出て・・・
DSCN8457
今や日本と中国との国際線では「もみじ饅頭」がデフォなんですね・・・

とーぜん完食し・・・
DSCN8458
007シリーズを次々と観て、次々と観た作品だったことを思い出してると・・・

無事に北京空港に到着・・・
DSCN8462


で、国内線への乗り換え・・・
DSCN8464
・・・の際のセキュリティ・チェックで、F井隊員が関空免税店で買った限定「余市」ウィスキーが・・・
そう、中国では国内線のセキュリティ・チェックがとても厳しく、空港の免税店で封印した液体でも、国内線には持ち込みできないのでありますね・・・
しかし・・・さすが現役時代は海水淡水化プラントの建設などで海外暮らしの長かったF井隊員、セキュリティと交渉した結果、「この場で飲み乾すなら没収しない。」とゆーことになったようです。
いやあ、さすが乾杯の国とゆーか、粋な計らいでありますね。

で・・・
DSCN8467
なにせ高級な限定「余市」ですから、呑兵衛隊員は魔法瓶のフタで二杯三杯と回し飲み・・・


DSCN8468
「まだ残ってるよ、ウィスキーが苦手な人も味見だけでも・・・
めったにない限定品だよ!!!」
と、N.GKS始まって以来の「セキュリティ・チェック大宴会」となりました。
めでたし、めでたし・・・

わたくしもダブル2杯分ぐらい一気にいただき、へろへろになったのですが、内モンゴル・包頭行きの国内便までには少し時間があり、機内やホテルでの夕食の予定もなかったので・・・
DSCN8474
空港内のレストランで、とりあえず乾杯!!! 

お隣のテーブルでも・・・
DSCN8471
とりあえず乾杯!!!


DSCN8479


DSCN8481
みんなで取り分けて、早めの夕食宴会となりました。

と、すっかり暗くなった北京空港を出発・・・
IMGP2723


さっそくエア・チャイナのおねいさんに・・・
DSCN8487
「ビールありますか?」と訊いて「ごめんなさい、ありません。」
と冷たく去られたりして・・・

1時間ちょいで内モンゴル自治区・包頭空港に到着・・・
IMGP2724
最年少のH田誠一朗隊員と、後ろに見えるのは公安のパトカー・・・
カラーリングがキマってます。
今回、彼には重い荷物運びや連絡係など隊員全員がお世話になりました。
ありがとね!!!
ボルネオ島サラワク州で毎回お世話になっていたN嶋さんと同名なのも何かの縁でしょう・・・

で、ようやく包頭市内のホテルの部屋に到着したのは現地時間の23時過ぎ・・・
日本時間では、すでに日付が変わってました。
なので、この日はシャワーを浴びてすぐに就寝・・・
するはずもなく、同室だったI倉隊員と、レトルトししゃもやナッツでウィスキーをかぱかぱと・・・
彼はシーバス・リーガルの500mlペットに「角」を、わたくしはジョニーウォーカー黒ラベルの500mlペットに「赤ラベル」を入れて持参してました・・・
いやあ、「安物にすり替え仲間」だったんですねえ・・・
彼は現在も放置された竹林の管理再生ボランティアをされてるそうで、飲みながら興味あるお話が聴けました。
と、この日わたくしは現地時間の1時半ぐらいに就寝・・・

翌朝、ホテルの部屋から見た包頭市内であります。
DSCN8497
手前の古いアパートは全て無人のようでした。

包頭市は山崎豊子の「大地の子」でも知られる鉄鋼の街、1999年の春にはじめて来たときには、外国人が泊まれるのはロシア式の「青山賓館」など数えるほどしかなく、道路は未舗装部分も多く、鉄や石炭を積んだ大型トラックが頻繁に通るので池のような大きな水溜りがあちこちにできてて、バスが大揺れに揺れてました。
今ではレアメタルの産地として世界中からバイヤーが集まり高層ホテルが乱立、道路網も整備され夜でも不夜城のように明るく、街には緑がいっぱいでした。

ともかく朝食であります。じゅるじゅる
IMGP2728


ま、わたくしはごく質素に・・・
DSCN8491
何度かおかわりしましたが・・・

ちなみに今回はじめて気づいたのですが・・・
DSCN8493


DSCN8496
偶数は双号、奇数は単号なんですね・・・
で、エレベーターホールが中央ですから、中央の左隣がまず401、中央の右隣りが402、401の左隣(もしくは向かい)が403、402の右隣り(もしくは向かい)が404・・・となるので、左側は全て単号、右側は全て双号になるんですね・・・
ちなみに中国では劇場の指定席なども同様だそうです。


ホテル前の様子・・・
DSCN8500
鹿は包頭のシンボルで、昔は高層ビルがなく、どこからでも見えましたね。

コンビニ・・・
DSCN8504
さりげに某コンビニ・チェーンと色遣いが似てました・・・


DSCN8507


DSCN8509
泊まったホテルでは結婚式でしょうか、正面玄関でお祝い準備をしてました。
クルマはドイツ車が多く、今回お世話になった旅行社のT橋さんによると、天安門事件の際に、アメリカや日本の自動車メーカーは引き上げたけど、ドイツの各社は留まったので今でも多いとか・・・

で、貸し切りバスに乗り込みホテルを出発・・・
DSCN8512
今回案内いただく通訳のバヤンさんはモンゴル族で、実家では羊など500頭を飼っておられるとか。

そういえば包頭の街でもモンゴル語併記が、さらに増えてましたね・・・
DSCN8511
「明立」の左にあるのがモンゴル文字で、漢字以外の使用は長いあいだ許されなかったのですが、各自治区では漢民族以外の文化や伝統も大事にしてますよ、とゆーアピールなんでしょうね。
モンゴル国も長年ソビエト・ロシアの支配下にあってキリル文字以外の使用は許されなかったのですが独立後はモンゴル文字を併記するようになってますね。

と、バスは包頭市を出てオルドス市に向かいます。

(以下次号に続きます。)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

このページのトップヘ