N.GKS(エヌ・ジクス)のblog

海外での植林ボランティア活動を実践するN.GKS(もと緑の協力隊・関西澤井隊)のブログサイトです。

カテゴリ: 17次隊・中国西北部

さる8月4日から8月10日までの一週間、中国西北部・内蒙古自治区での植林ボランティアをメインにしたツアーに参加してきました。
まあ、植林ツアーとはいっても実際の植林作業は半日ほど、あとは中国北西部の自然や文化を知る旅で、わたくしにとっては、しょくりんツアーとゆーより、しょくよくツアー、ま、いつもどおり食べ物が中心のご紹介になりそうですが・・・

さくさくっと、旅のご報告をさせていただきます・・・

ちなみに今回のツアーは沙漠地帯が多く、カメラは
ペンタックス(リコーイメージング)のWG-2GPSにしました。なにせ12m防水で微粒子状の砂にも強いはず、しかも小型軽量でGPS付きですから、まさにうってつけでした。

で、初日の4日は11:30に関西空港に集合、13:50発の北京行きに乗るので、それまでけっこう時間があります。離陸して安定飛行に入れば、すぐに機内食が出るのでしょうが、まあ、ちょうど昼時だし・・・

せっかくなので・・・
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大阪ではすっかりメジャーになったラーメン店、神座(かむくら)の餃子・ラーメンセットおにぎり付きを・・・いやあ、関西空港にまで支店を出しているとは知りませんでした。野菜たっぷりであっさりしてて、しかもコクとうまみのある独特のスープ、けっこうクセになる味なのであります。

で、出国手続きや手荷物検査も(奇跡的に)すんなりと通過し、ツアー中に消費する酒と煙草を関空の免税店で購入(昨年のモンゴルツアーでは、さらにお安い韓国・仁川空港で買うつもりで、結局お目当て商品がなかったので)、いそいそと搭乗口に向かったのですが、北京からの到着予定が一時間以上も遅れているとかで・・・

ま、せっかくなので・・・
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とーぶん飲めない、日本のよく冷えた生ビールなんぞを・・・ひっく

結局、一時間半ほど遅れて搭乗便が到着・・・
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乗るのは、このぴかぴかの日航機・・・

ではなく、

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やや薄汚れた、こちらの中華航空機であります。
やはりこちらのほうがお安いんでしょうか・・・

で、離陸して安定飛行に入ると、さっそく機内食が・・・
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ま、せっかくなので・・・
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いやあ、中華航空の機内食もなかなかのもの、燕京ビール2本で完食であります。

で、大阪から北京までは3時間ちょっとのフライトなのですが、北京時間は日本時間より一時間遅れるので本来の北京到着は16:00の予定、それから空港内レストランで豪華北京料理の夕食宴会後、のんびりと19:15発の内モンゴル自治区・包頭(バォトゥ)行きに搭乗予定だったのですが、なにせ関空出発が二時間ほど遅れたもので、急きょ夕食大宴会はキャンセル・・・

かわりに現地旅行社が手配してくれたマクドナルドの袋を片手に、いそいそと搭乗口へ・・・

ま、せっかくなので・・・
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ビールだけは搭乗直前に自分で手配して・・・


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箱の中味はやや中華味のチキンサンドでしたが、やはりマクド味、年配の隊員には食べない方もおられ、おかげでわたくしの標準一食分は、なんとかいただくことができました。げふっ

北京から包頭までは一時間半弱のフライトですが、やはり出発がやや遅れ(巨大な新北京空港ですが、それでも超過密ダイヤのようで、滑走路前には旅客機の渋滞が発生してました。やはり中国パワーは凄い・・・)結局、包頭空港に着いたのは夜の9時過ぎでした。

で、息つく間もなく空港から貸切バスに乗り継ぎ・・・
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六年前に較べて、一段と明るくきれいになった包頭市街地を抜けて・・・

やがて黄河を渡り、二時間ほど黄土高原を突っ走ると、クブチ沙漠の緑化基地、恩格貝(エンゲイベイ)に到着。

クブチ沙漠は面積が四国ほどの、中国では6番目の大きさの沙漠ですが、もとは草原と森林だったところ、それが近年の人類の営み(農業や鉄鋼生産のための取水、過放牧など)により沙漠化が進んでいたところ、ここに90年代初頭から日本人ボランティアが木を植えて、沙漠化の拡大を阻止しようとしているのであります。

で、90年代にはなかった立派な宿舎(恩格貝賓館)のロビーに入ります・・・
(現在では、沙漠に森ができたということで、一大観光地になっているのであります。)
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北京時間では夜の11時過ぎですが、東京時間ではすでに日付が変わってます・・・が、


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日本からの長期ボランティアのみなさんが、わざわざお迎えして下さいました。

で、
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みんなで寄せ書きする記念フラッグの手渡しを受ける今回ツアーのY隊長・・・





さらにもちろん・・・
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恒例の蒙古族の歓迎の儀式で白酒パイチュウ(コーリャンの蒸留酒で50度以上!!!)を
一気に飲み干すY隊長・・・

前回、6年前にわたくしが参加した時は、深夜の到着ということで翌日の夕食時に延期してもらったのですが、やはり本来は到着時の儀式、この後、全員に次々と杯が回され、結局自室に入ったのは午前一時前、手早くシャワーを浴びて(奇跡的に生ぬるいお湯が使えました!!!)、

ま、せっかくなので・・・
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宿舎内の売店が無くなってたので、かなり離れた屋外の売店まで買いに走った冷たいビールと関空の免税店で買い求めたおなじみのシーバスリーガル500mlペットなんぞを、やはりわたくしの旅の常備品である柿ピーでですね・・・ひっく

それにしても、このビールのキャッチフレーズ・・・とゆーのか、なんとゆーのか・・
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なんとなく凄そう・・・
と、結局、ツアー初日は昼過ぎから午前三時過ぎまで、断片的にずっと飲んで食べてたのでありますね。わははは

(以下、二日酔いの次号に続きます。)

mixiチェック

前回記事からの続きであります。
8月4日の夜遅くに中国・内モンゴル自治区、クブチ沙漠の緑化基地である恩格貝に到着した御一行、さっそく翌日の早朝から植林活動であります。

ま、その前に・・・

とりあえずは腹ごしらえ・・・
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この後、炒め物なんぞも出てきましたが、ま、朝食は比較的シンプルでした・・・

こちらが宿舎の恩格貝賓館
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6年前は貸切バスが殆どでしたが、今回は高級乗用車が多かったですねえ・・・
それに玄関の電光掲示板がなくなって、二階の各部屋にはエアコンが付いてるな・・・

で、この日の玄関横には・・・
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そう、なんとこのクブチ沙漠で・・・

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「魅力恩格貝杯」争奪の沙漠ラリーが開催されていたのであります。 
こちらがスペシャルステージ図で、画像をクリックして拡大していただくとわかりますが、中央の赤い星印が宿舎の恩格貝賓館、下半分が植林地で、さすがにコースからは外れているようです・・・
この航空写真の撮影時期は不明ですが、90年代初頭までは、すべてがこのスペシャルステージのような沙漠でした。この画像からも、道路沿いに植林が進んでいる様子がおわかりになると思います・・・

んで、
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玄関前で記念撮影の後は・・・

本日の植林地に向かって、バスで出発であります。
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90年代には舗装路などはなく周辺の緑もまばらでしたが、今ではこんなに育ってます。


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こちらは90年代半ばに華道・草月流ボランティアのみなさんが植えた「草月の森」
植えてから20年近く経って、今や鬱蒼とした森になってますが、密植しているため間伐の必要があり、さらに木材として利用するためには剪定も必要なんですが、その費用や手間が大変で手つかずのままです。このままではいずれ森自体が全滅してしまいますが、最近になって、政府が樹木の伐採を一切禁止したとか・・・
まあ、伐採をいったん認めてしまうと、あちこちで勝手に切られてしまう恐れもあるので難しいところですが、専門家による育林のための間伐や剪定は厳しいチェック手続きのうえで認めるなど、しっかりした行政によるルール運用ができればいいのですが・・・
ちなみにポプラは成長が早く、日本のような湿潤な気候では建築材には向きませんが、乾燥した中国・西北部では、きちんと剪定をすれば、充分建築材として使えるそうです。

バスで15分ほどで植林地付近に到着、舗装路を外れて徒歩で現場に向かいます。
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中央オレンジ色の給水車から、延々とホースを引っ張って・・・
ホースが届かないところはバケツリレーで・・・

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ここに、がしがしと穴を掘って、横たわっているポプラの苗木を植えます。
本日の目標は17人で合計150本・・・

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現地の長期ボランティアが、あらかじめ看板を立ててくれてました。

ちなみに、自分たちの手で植えるのは、この日の午前中の150本だけですが、今回は合計1000本の植林、残りは長期ボランティアと現地の人たちに植えてもらうのであります。

で、隣には・・・

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2010年に、うちの奥様が参加した第14次隊の植林地があり、
奥様のプレートの付いたポプラも生意気に残ってました。

さらにその隣には・・・
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2004年・第7次隊の植林地があり、一部はけっこう大きくなってました。


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ええ、わたくしのプレートの付いたポプラも・・・
他のポプラに比べてかなり成長は遅いですが、なんとか育ってくれてました。
8年も経つと僅かな地形の差や風による砂の移動などで著しい個体差が出てました。

で、長期ボランティアの方から、穴の掘り方や植え方を教えていただきます。
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今回は、日本製スコップの長さプラスこぶし二つ分ぐらいの深い穴をひざまずいて掘り、
そこに2mほどに成長した(蒸散を防ぐために)枝葉を落とした苗木を埋めて位置を決め、

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こんな形にすり鉢状に埋め戻して、その後、給水車のホースでたっぷりと水をやります。
このように土手にしておけば雨水を溜めやすいのですが少しでも傾斜がある場合には、
逆に高い方から雨水が流れ込むように形状を変えるなど、それなりの工夫が必要で、
それがまた、お砂遊びみたいで楽しいのであります。

この日は明け方に少し雨が降ったため、表面は乾いているものの砂が湿っているのがおわかりでしょうか。通常であれば表面から50cm程度は乾いており、これが次々と崩れて、どうしても大きな穴になるのですが、今回はすぐに湿った層になり、小さくて深い穴を掘ることができました。
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次々と元気に穴を掘り進めていく参加者では最年少のSくん・・・


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ひとつ穴を掘っては記念撮影と称し、たっぷり休憩をとる98kくん・・・

この日は明け方の雨のせいでめずらしく湿気があり汗まみれになりました。
早くビールが飲みたいぞ・・・がるるる・・・

ちなみに、わたくしが「手に汗を握って」いたスコップには・・・
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その汗の塩分を求めてやってきた?チョウチョさんがいっぱい・・・あははは

ともかく、ようやく予定の本数を植えることができました。ひいひい
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ちなみにその奥は見渡す限りの沙漠、まさに植林の最前線なのであります。

何度も書きましたが、ここは人類の営みにより沙漠化したところ、もともとは草原と森林だったのであります。人間が100年で沙漠化したのだから100年かけて緑に戻し、農業もできるようにして自然と共存していく、というのが故遠山正瑛翁の考えで、わたくしもその考えに共感、ちまちまとお手伝いをしている次第です。

で、植林後には成長した木の剪定方法の説明があったのですが、時間の関係上、剪定作業まではできずに・・・

とーとつに昼食であります。
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以前は道路事情も悪く、植林地までボンカレーなんぞを運んでもらってたのですが、
今は宿舎に戻っての豪華昼食。

ま、せっかくなので・・・
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いやあ、一仕事したあとのビールのうまいこと・・・
って、わたくしあまり仕事してませんが・・・

今回は高齢者や初めての参加者も多かったため、午後からは長期ボランティアによる沙漠講座が2階の会議室であったのですが・・・
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立派な会議室ができてました・・・なんでも最近、ここでミスコンも行われたとか・・・

その時に来たかったなあ・・・じゅるじゅる

(と、さらに次回に続きます。)

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前回、前々回記事からの続きであります。

中国・内モンゴル自治区にあるクブチ沙漠の緑化基地、恩格貝で早朝から植林したわたくし、昼食後には宿舎二階の豪華な会議室で長期滞在ボランティアによる「沙漠講座」を一時間ほど拝聴しました。

遠山先生がお元気な頃は、夕食後に毎晩、ご本人による沙漠講座を拝聴してましたが、当時はオンボロ宿舎のオンボロ集会室で、ご本人はずっと咥え煙草で・・・まさに隔世の感ですねえ。
もちろん、若い長期ボランティアの方にも、その遺志はしっかりと引き継がれているようでしたが。

ただ我が隊の代表によると、遠山先生はもともと農業がご専門で、昔はスタッフの中に林業の専門家もいたが今はいなくなったので樹林の循環と利用がこれからの課題とのこと。たしかにこの後に視察した付近地でも、砂が固定した一帯での農業や畜産は盛んになってるようでしたが樹林の方はどちらかというと育てっぱなし、森のサイクルやその利用までは考えられていないようで、このままではやがて一帯が全滅するかも知れないそうで、まだまだ課題は多いようです。

さて、沙漠講座の後は、周辺のウォッチングであります。
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こちらが中国政府によって建てられた故遠山正瑛翁の御廟と立像。
中国人観光客も多かったです。

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「この地に骨を埋めてほしい。」との遺言どおり、お骨の一部が祀られています。


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こんな、ご本人自筆の碑も完成してました。

ちなみに王明海氏は遠山先生と一緒に恩格貝の緑化事業をはじめた中国の企業家で、
今は恩格貝での温室栽培に専念されているとか・・・

ま、せっかくなので、
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はるか植林地を見はるかす遠山先生と・・・

で、今回は沙漠ウォッチングとゆーより、砂が固定化された一帯の農業ウォッチング・・・
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大規模なビニールハウス群があちこちに作られています。
一棟に家が一軒、それぞれに住居付きなんですね・・・

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中の様子。
こちらは果物や野菜でしたが、水を循環させたクロレラ栽培のハウスも多いとか・・・
そりゃあ日照量は凄いでしょうね・・・

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こちらは牧草地。
向こう側に我々が植林した林が拡がっているのがおわかりでしょうか・・・
もとはこのような感じの草原と森林がクブチ全体に拡がっていたことでしょう。
(木や草の種類はもっと多かったでしょうが。)
それがこの100年ほどの人の営みにより完全な砂沙漠になり、今また人の手で、緑が蘇えっているのであります。

で、周辺の様子を観察して、宿舎に戻ると・・・
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夕食であります。
いやあ、ほんとに食材が豊かになりました。
90年代は一皿目がヒツジとタマネギの炒め物、二皿目がヒツジとジャガイモの炒め物、三皿目がヒツジとピーマンの炒め物・・・質の悪い獣脂で炒めた同じ味付けのヒツジ料理のみで、ご飯もビールグラスも砂だらけだったのですが、今回は麺類なんぞも次々と出てきました。

で、夕食後は恩格貝ともお別れ、バスで包頭駅を目指します。

玄関まで見送りに来てくれたのは・・・
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じょしだいせーのおねいさんたち!!!
そう、彼女たちも大学のボランティアグループで植林していたのでありますね・・・

「ううっ、バスに乗るのは嫌じゃあ・・・こっちのグループに入れてくれい・・・」

と、暴れる98kさんを押し込んだバスは、非情にも恩格貝を離れていきます。
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お見送りしてくれた長期ボランティアの方たち・・・
いやあ、お世話になりました・・・じょしだいせーたちをよろしくねっ!

やがて・・・
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周辺がすっかり緑になった、十数年前の洪水による堰き止め湖にも・・


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やはりすっかり緑になった、もとの砂丘にも陽は沈み・・・


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黄河を渡る頃にはすっかり暗くなって・・・


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夜の包頭駅に到着したのであります。

ここから西安まで南へ約13時間、ほぼ直線で1000km以上の鉄道旅が始まります・・・

(以下、次号に続きます。)

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中国・植林ツアー報告の四回目であります。

さて、内モンゴル自治区のクブチ沙漠で植林を終え(夕食もたっぷり食べてから)、バスで包頭駅に着きました。わたくしが包頭を訪れたのは6年ぶりですが、さらにそれ以前、北京行きなどの列車に乗った頃の包頭駅は古くて殺風景な汚い駅だったのですが、今や見事な駅ビルに変身してました。(前回画像参照)
包頭市街も、以前は製鉄の街で道路の舗装はガタガタ、あちこちに水たまりがあって埃まみれ、夜は真っ暗になる街でしたが、今は世界中からレアメタルのバイヤーが押し寄せる国際都市になり、幹線道路はライトアップされ、高級ホテルといえばロシア式の「青山賓館」だけだったのが、あちこちに近代的な高層ホテルが建ち並び、街のネオンサインがきらめいてまさに不夜城・・・そういえば先週の新聞に、中国がレアメタルの国際取引所を包頭市に設立するとの記事が載ってましたね。
90年代に隊で、緑化を所管する包頭市の建設局を表敬訪問した際には、副市長や建設局長などのお歴々がこぞって歓待してくれたのですが、今ならよほどの要人でもない限りハナもひっかけてくれないかも・・・

で、現地ガイドのおねいさんが駅員のおねいさんと交渉し、かなり早めに一等客専用VIP待合室に入れることになり、ここで二時間以上、列車を待つことになったのですが・・・(時間のかかるパスポートなどのチェックを、改札前に受けておかないと乗車できないそうです。)
この部屋・・・
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まったく窓がないのにエアコンが切れててとても蒸し暑く、
むしろ駅前の路上のほうが涼しかったです・・・

しかも前面はガラス張りで向こうは一般待合室・・・つまりそちら側から丸見え・・・
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この画像は改札が始まって並んでる時ですが、それまでは前の通路にも人がいっぱい、
通路に新聞紙などを敷いてみんながごろ寝してるので、足の踏み場もない状況でした。
こっちを見ながら食事を作る家族があったりで、その頃の画像は撮れませんでした・・・
そーいや昔の大阪駅でスキーやでかいキスリングを持って信州行の急行「ちくま」を待ってた頃と似てましたねえ・・・(古)

一般客は若い女性が多かったので現地ガイドに訊けば、西安への出稼ぎが殆どでしょう、とのこと、夏の観光シーズンで賑わう西安のほうが包頭より、まだまだサービス関係とかの仕事があるんでしょうね・・・
みなさん荷物を殆ど持ってませんでしたが社員寮完備の仕事が多いそうで、まさに身体ひとつでの出稼ぎ、ただし社員寮とはいっても八畳で16人が標準だそうで、つまり二段ベッドがぎっしりと詰まっているだけの部屋だそうです。
やはり貧富の差は大きいようですね・・・

わたくしは、ま、せっかくなので・・・
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寝転がっている人たちの間をすり抜けて、売店でビールを買ってきました・・・
(つまみの激辛酢蟹は別の隊員が買ってきたもので、ほんとに辛かった・・・)
んで、
ローリングボストンをテーブルにしてと・・・
売店に行ったついでに一般用のトイレにも行ったのですが、さすがに新しい駅ビルだからでしょうか、掃除もされてて、日本の駅の公衆トイレとさほど変わらない、比較的きれいなトイレ・・・だったのですが・・・
やはり個室にはドアがなかった・・・
男性小用の反対側には、ずらっと個室が並んでいるのですが・・・すべてにドアがない・・・
壊れたり外したりしたのではなく、はじめからないのでありますね、これが・・・
で、そちらで用を足している人と、ヘタすると視線が合うんですよね、これが・・・
女性用はとーぜん両側に個室が並んでおり、やはりドアはなかったそうで一緒に行った女性隊員はさすがに用を足せずに、そのまま出てきたとのこと・・・
やはり民族性のちがいなんでしょうね・・・
ちなみに別の場所にあって、早い時間に閉鎖されてしまったVIP専用トイレの個室にはいちおードアがありましたが、すべてのカギやヒンジが壊れてて閉めることはできませんでした・・・

で、日付が変わる頃、ようやくVIP専用改札から素敵な駅員さんの案内でホームへ・・・
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包頭からひとつ東の大都市、呼和浩特(フフホト)始発の西安行き快速夜行列車で、われわれはこの列車の軟座(一等)個室寝台車に乗車します。
包頭から西安に行くには、今までは銀川や蘭州を廻って行くルートだけだったのですが、最近まっすぐに南下する新線ができたそうで、かなり時間も短縮されたようですが、それでも約1000km、約13時間の旅であります。

ちなみに今回のように途中駅から乗車する場合は、始発駅から添乗員などが乗って見張っておかないとたちまち占拠されてしまう、とゆーのは、中国で鉄道を利用する度に聞いていた話なのですが、今回は要員が手配できなかったのか、それともひとつ手前が始発なのでついつい油断したのか添乗員が乗っておらず、案の定、わたくしたちの四人用個室も家族連れに占拠されてました。

いかにもわたしたちは正当に乗車していた、といった態度でしたが、まあ最後は気持ちよく退去してくれ・・・たのはいいのですが、寝台のシーツや枕はすでにぐしゃぐしゃ、ま、家族連れだから仕方ないか・・・
車掌にシーツなどを替えるよう苦情をいっても無駄で、せいぜい追い出してくれるだけだそうです。そもそも始発駅から個室に乗っていない方が悪い、指定料金も始発駅からなんだから、とゆーことらしいですね。ま、フフホトから包頭まで外からカギを閉めとけばいいだけなのですが、空室を立ち客が利用するのは合理的といえば合理的、やはり感覚のちがいですね。
そういえばVIP待合室でもカギが開いてたので、何度も一般客が入ってきて中には居座るカップルもおり、現地ガイドが「一等乗車券を見せろ」といっても「あなたにその権利はない」といわれて駅員を呼んだりしてました。

さらにちなみに、最近は旅行業者でも指定席の一括確保は不可になり、親戚の名前を全部使ったとのこと、ま、こちらは公平性もいくらかは考慮されるようになった、とゆーことなのでしょうが、軍や政府関係者により突然指定席を取り消されることは今でも多いらしく、中国の鉄道網は、まだまだ軍や政府関係が最優先、まあ軍事施設そのものなんでしょうね・・・

で、こちらが一等寝台の四人用コンパートメント・・・
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今回の旅ではわたくしは若手の部類、とーぜん上のベッドを使いましたが、さすがにゆったりしてました。以前、硬座(二等)寝台に乗った時には三段ベッドで長さは充分なのですが、最上段は高さが50cmもなく、しかも内張り天井がなくて、潜り込んで横たわれば鋼鉄製の錆びた屋根に手が届きました。そこには文庫本サイズの手動開閉式の換気ハッチがあり、唯一、息苦しさを紛らわせてくれたものでしたが・・・

で、この夜の発車時刻は午前1時過ぎ、植林作業の疲れもあったため・・・
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荷物台に置いたシーバスリーガルを柿ピーでちびちびやってたのですが、
さすがに午前2時前には就寝しました。

さて、翌朝の車窓風景であります。
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画像を拡大していただくとわかりますが、黄土高原の典型的な風景であります。
砂の積もった地層の断面のあちこちに横穴が穿たれていますが、昔はここを住居にしていたそうで、夏は涼しく冬は暖かく、今では農産物の倉庫などに使われているそうであります。

で、予約の時間に食堂車に行き・・・
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ほとんどが一般車両からあふれた人たちでしたが、その席に予約客が来るまでは特に追い出さないようでした。

で、新線の車窓を眺めて待っていると・・・
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朝食であります。
不思議な組み合わせですが、小豆粥、ミルクティー、漬物2種、ボイルドエッグに饅頭に中華ハムといった、きわめてヘルシーでシンプルな朝食でした。

やがて、毛沢東の「長征」の最終目的地で、中国革命の聖地となった延安市に到着。
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もちろん、紅色革命の聖地としての観光客も多いようですが・・・


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「黄土(高原)風情も感受してねっ!」とゆーキャッチコピーもありますね・・・

風景はまったく変わらないので延安→西安間の鉄ヲタ向け画像「世界の車窓から・・・」

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高速列車「和階号」用の機関車???


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こちらは保線作業車でしょうか・・・でもエアコンみたいなのやカーテンも付いてるし・・・


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ま、よくわかりませんが・・・新線だけあって線路やホームは真新しいです・・・

とかいいつつ、鉄道の旅はけっこう、のんびりゆったり過ごせるので・・・
(ま、硬座のほうは満員で、のんびりゆったりどころではないでしょうが・・・)
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こんなところに行ったり・・・まだ残っててよかった・・・


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車内販売でこんなのや・・・


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こんなの買って飲んだり・・・水分補給はまめにしないとね・・・

とかしているうちに、今度は昼食のお時間であります。
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昼の食堂車は人民軍・夏用制服のおねいさんやおにいさんたちでいっぱいでした。
士官学校とかの生徒さんでしょうか、若いおねいさんが多かったです。
やはりこちらも軍優先なのか・・・
各自が金属製飯盒を使っているのがおわかりでしょうか・・・
このあたりは軍隊らしいですね・・・

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昼食の内容も、こちらのわれわれのものとは異なってました・・・

で、昼食が終わってしばらくすると、いよいよ列車は・・・
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現中国・西部最大の都市であり、かつてはオリエント世界の中心だった長安の都・・・

そう、西安市に到着したのであります。ふう、やっと着いたぞ・・・

(以下、次号に続きます。)

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中国・植林ツアー報告の5回目であります。
包頭から夜行列車で西安に着いたのは翌日の午後二時前、一番暑い時間帯でした。
平日で暑い中にもかかわらず、駅前は乗降客でいっぱいであります。
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ここから隊員の一人が、同じ趣味の地元団体に招待されてて別行動となり、残りはいったんホテルに向かいます。で、駅前で残りの隊員を待ってたのは、いかにも陽気で洗練された都会人、
とゆー感じの西安の現地ガイドさん、
「みなさん、西安駅は歴史のあるたいへん古い駅ですね、んで、駅前も歴史のあるたいへん古い駅前ですね、とゆーことで駅前には観光バスの駐車スペースがありませんね。わはは・・・
とゆーことで暑いですが自分で荷物を持ってバスまで歩いてね。わははは」
ひいひいいいながら10分ほど歩き、ようやくエアコンの効いたバスに辿りついて、中で説明を受けます。
「みなさん暑かったですかぁ、今日の最高気温は32度、昨日は35度でしたから、とても涼しい日ですね・・・あはは
ちなみに西安市では、どんなに暑い日でも気温が39.9度以上になることは決してありませんね。気温が40度になると全ての仕事は休み、という決まりがあり、労働者も企業も休むと収入が減りますから、公式には決して39.9度以上にはならないのでありますね。でも実際にはもう何回も40度を超えてますね。あははは」
と、なかなかお茶目な方でもありました。盆地なので夏はめっちゃ暑くなるそうです・・・

で、バスはとりあえず西安の中心街にあるホテルへ直行しました・・・
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さすが800万都市の中心部にある新しいホテル、今回の宿舎の中では最も立派でした。

で、わたくしの泊る部屋
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奥がツインのベッドルームで、リビングルームと両方にテレビやライティングデスク、ネット端子などがあり、見栄えだけでなく、なによりふつーに無色透明なお湯が出たり家具や内装の作りつけにガタや欠陥がなかったりと、清潔さを含め、ともかく基本性能が日本のホテルと同じで、どれもが「まともに」機能してました。
ちなみに、わたくしの中国での経験からは、今までに一度もなかったことであります。
で、熱いシャワーを浴び、お昼寝したりしてくつろいで、夕方になってから市内観光へ・・・
そう、昼間はとても暑いので夕方から活動するのでありますね。
乾燥してるので日が少し陰ると、けっこう涼しくなりました。

まずは旧市街を囲む城壁にある西門(安定門)へ・・・
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こちらは城壁の西側なので巨大な鐘楼があり・・・

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城壁内にある旧市街の東側には・・・
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巨大な鼓楼があるとゆー、まさに由緒正しき「都」のオリジナル都市なんですね。

建物の中は、現在は美術工芸品などの土産物屋になっているのですが・・・
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中二階にある古いガンポート(銃眼)から古代シルクロードが眺められます・・・

で、さっそく覗いてみると・・・
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まさにここがシルクロードの東の起点。ちょうど向こうから西日が差してますね・・・
昔はここからテヘラン、イスタンブールなどを経てローマまで続いていたのであります。
まあ、古代シルクロードのわりには、ずっと高層ビルが建ち並んでますが・・・

城壁の上はジョギングやサイクリングのコースになってて、レンタサイクルもありました。
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走っているのは18年前に来て城壁一周14kmマラソンを夫婦で完走した某隊員・・・
画像を撮ってるのは14kmどころか城壁を登るのにも息を切らしている某隊員・・・ひいひい

で、西門を後にして、平城京などのモデルとなった朱雀門を抜け・・・
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こちらは後世に改築されたものですが、それぞれ四方の門の名前は同じまま・・・

ペルシャ・カーペットの製造直売所へ着きました・・・
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ペルシャ・カーペットとはいっても、ペルシャを経由してヨーロッパに伝わったもので、
シルクカーペットはここ長安が本場、まさに東からの「絹の道」の起点ですね・・・

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二畳分のカーペットを織るのに、おねいさんが専従して一年半ほどかかるそうです・・・

高級なカーペットには縁のないわたくし、シルクロードの地図を見つけました。
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長安(西安)から羅馬(ローマ)まで、海運が発達するまでは、まさに東西の大動脈。
(画像をクリックするとかなり拡大されますので・・・老眼の方はご利用くださいね・・・)

で、今回の旅の説明のために、さらに一部を拡大・・・
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(こちらの画像も少し拡大されますので・・・老眼の方は・・・)
長安(西安)の北、98kと落書きしたあたりが黄河の南に拡がる四国ほどの面積のクブチ沙漠、ここで植林して1000kmの鉄道旅で西安に着いたのですが、明日の午後には空路で一気に敦煌へ、で、そのままバスで400km離れた嘉峪関まで走る予定で、まさに西安からはシルクロードを辿る旅・・・
わたくし、蘭州の西ぐらいまでは植林ボランティアで行ったことがありますが、それより西の世界ははじめて・・・
まあ、敦煌よりさらに西になるとタクラマカン砂漠や天山山脈があり、わたくしにとっては未知のヨーロッパ世界はまだまだ遠いですね・・・

とか、バスの中で画像を確認しつつ考えているうちに西安市内のレストランに到着、
かなり遅めの夕食であります。
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さすが大都会、食材も味付けも洗練されてましたが基本は四川風、けっこう激辛でした。


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大好きな麺類も出てきたのですが、やはり麺は日本のほうが好み・・・なんですが・・・


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おねいさんはチャイナドレスのほうが・・・じゅるじゅる

ま、せっかくなので・・・
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で、こちらのおねいさんも・・・
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やはり、せっかくなので・・・
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わははは、しあわせじゃあ!!!

お二人とも日本語学科の大学生で、こんなのや人参酒の実演販売もしてるそうで・・・
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二人とも、とても愛想がよくて「カワイイ」ので、みなさんけっこう買われてましたねえ・・・
ま、わたくしは試供品をかぱかぱ飲んでただけですが・・・

夕食後には西安の街も歩いてみたかったのですが、さすがに疲れと酔いが・・・

で、現地ガイドさんオススメの足つぼマッサージへ・・・
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漢方薬たっぷりの足つぼマッサージをたっぷり1時間、これはけっこう効きました・・・

で、自室に戻って、この旅ではじめて、ゆっくりと浴槽に浸り・・・
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シーバスリーガルが残り少ないな・・・安酒を買って中味を入れ替えねば・・・ひっく

(と、次号はいよいよ敦煌から嘉峪関へ・・・)

mixiチェック

内モンゴルのクブチ沙漠からバスと夜行列車で、昔の長安、陝西省の西安市へやってきたわたくし、ひさしぶりに「まともな」ホテルで一泊し、翌7日は早朝から「兵馬俑坑」の見学であります。
兵馬俑坑・・・俑は日本でいえば埴輪(はにわ)で、兵士と馬の埴輪が埋まっていた坑・・・
秦の始皇帝の陵墓の近くから近年になって発掘され、今や世界遺産になってますが・・・
じつは西安市にあるのはコピー・・・
姫路市にあるこちらこそがオリジナル
だったのかっ?
ま、姫路のほうは、さりげに無視することにして旅を進めます・・・

こちらが西安の市街地から兵馬俑坑に向かう途中にある・・・
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楊貴妃と皇帝専用の温泉別荘地「華清池」で、現在は大規模な復元工事中でした・・・
わたくし2004年に来た際にはこちらも訪問しており、当時は画像にある山の中腹あたりの建物だけでしたが、今や幹線道路沿いにまで復元工事が進んでるんですねえ・・・当時は楊貴妃が入った半地下の浴槽に、まだ温泉が僅かに湧いてましたが、今はどうなんでしょうね・・・

で・・・
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画像を拡大していただくとわかりますが中央にある低い山が始皇帝の陵墓であります。
見通しが悪いのは黄砂ではなくスモッグだそうで、さすが盆地にある800万都市・・・

バスを下りて兵馬俑坑へ・・・
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まだ開場前だというのに、世界中から人が集まってます。やはり日中は暑いものね・・・

博物館内のジオラマによる、全体の位置関係はこんな感じ・・・
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建物群の中央、大きいのが1号坑、以下時計回りに小さな2号坑、3号坑、博物館・・・だったはず・・・で、奥にある小高い四角形の山が始皇帝の陵墓であります・・・
この位置関係を見るかぎりは、まだまだ陵墓の周囲全体に、膨大な兵馬俑が眠っている・・・と思いがちですが、この部分だけを作った時点で皇帝が死んだようで、以後は次の皇帝の陵墓へ、とゆーことが判ってきたそうで、ここ以外の発掘調査では兵馬俑は発見されていないようです。

開場直後の、まだ人が少ないうちに、まずはメインの1号坑から・・・
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正面この位置が絶好の撮影ポイントで、あと30分もすると身動きもできなくなるとか・・・
ちなみに閃光灯(フラッシュライト)と三角架(三脚)は、禁用(使用禁止)なんですね・・・

じゃーん
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朝日を浴びる兵士たち・・・
左右の通路を歩く人たちと較べていただくと、1号坑の規模がわかると思います。
姫路のオリジナル兵馬俑坑より、ちとでかいですね・・・

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よく見ると一体ずつ表情とポーズが異なりますが、顔そのものはそっくりなのが何体もあるとか。なんでも、製作は二人ひと組で、お互いの表情やポーズを忠実に再現したことが判明しているそうです。

正面左側の通路を奥に進んで行くと・・・
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ここから左奥1/4ほどがまだ未発掘なのでありますね。

で、こんな感じでぐしゃぐしゃになって掘り出されるパーツを・・・
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一体ずつ修復して、もとに戻すのでありますが・・・
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まだ始業時間になっていないので、みなさん休憩中であります。

ちなみに、最近になって修復が終わったものには・・・
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かなり彩色が残っているのがおわかりでしょうか・・・
1970年代に発掘が始まった頃には、彩色してあった塗料が空気に触れて退色してしまい正面からの画像にあったように、すべて地肌の土色になってしまったそうですが、最近では退色を最小限に押さえるコーティング技術も進んでいるようです。

その後もあちこち回り・・・
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司令部の坑や・・・


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今は博物館に展示されている、有名な跪射俑に・・・


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立射俑・・・(それぞれ、弓なんかは別売りパーツなのね・・・)


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中級軍吏に・・・



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高級軍吏・・・(やはり剣なんかは別売りパーツなのね・・・)

さらには・・・
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きわめて精密に作られた銅製の始皇帝専用馬車とかも見て回ったのですが・・・

この頃にはすでに・・・
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あらゆるところに人の列ができており・・・

土産物の売店に入りました・・・
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こちらのレプリカは現地の土、当時の製法で、忠実に再現したものだそうです。

ちなみに・・・
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大熊猫娘レプリカもありました・・・誰かさんへのお土産にすればよかったか・・・

で、兵馬俑坑を後にした一行は、そのまま西安空港に直行・・・
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空港内の「シルクロード・レストラン」で昼食であります。


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ビールは無料の機内サービスでも飲めるはず、と、わたくしは1本だけにしました。

昼食後は広大な空港内を搭乗手続きを行う新棟へ歩いて移動・・・ともかく広いです・・・
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こちらは新棟のコンコースですが・・・
昔の広告はどこの国際空港でもSONYやPANASONICばかりでしたが、
今や韓国や中国のメーカーばかりですね・・・

ま、僅かに・・・
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日本式サービスは、世界で通用しているようでしたが・・・

ちなみに延々と続いた旧棟と新棟の連絡通路には・・・
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こんなカプセルホテルが、ずらっと並んでました・・・
蜂の巣とゆーネーミングはなかなかですね・・・

で、西安発、敦煌経由、ウルムチ行きとゆー13:25発の便に搭乗、軽食が出てきて・・・
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けっこう辛いメインディッシュと、けっこううまいアップルチップスで一本目ビールを空け、


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漬物やパンなんぞで2本目を飲もうと待ってたのですが、かなり経ってから「ごめんなさい、もうビールありません。」と・・・それならワインを・・・といいかけたときに、機は着陸態勢に入り・・・

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沙漠のど真ん中にポツンと拡がるオアシス都市、敦煌が見えてきたのであります・・・

(以下次号に続きます。)

mixiチェック

7日の午後一時半に西安空港を発った機は予定どおり午後四時前には敦煌空港に着きました。
昔のシルクロードだと、長安から敦煌までラクダに乗って約40日の行程だったそうです。

で、いきなり・・・
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湿度0%、青空100%、どうだ参ったか!!! 
・・・の、きわめてシンプルな敦煌空港であります。いやあ、参った参った・・・

ま、せっかくなので・・・
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山の上には、少し雲が浮かんでますが・・・まさに極沙漠(雨の殆どない沙漠)のど真ん中で、
敦煌の年間雨量は36ミリだそうです。さらに敦煌から西に拡がるタクラマカン沙漠は0ミリ、
北東に拡がるゴビ沙漠では数ミリだそうです。

何回か書きましたが、わたくしたちが植林しているのは近年の人類の営みによって沙漠化してしまったところで、現在でも年間雨量が250ミリから300ミリ程度はあるところ、この沙漠をもとの森林と草原の環境に戻せばふたたび農業や畜産も可能になり、人類と自然の共存が持続するはずの沙漠であります。

いっぽう、タクラマカンやゴビなどの極沙漠を緑化しようとすると、地下水や雪解け水を大量に使わねばならず、やがて地下水脈は涸れ土壌の塩分濃度も上昇するでしょうし、結局は農業もできなくなるはず・・・でも、今回の旅で見る限り、かなり大規模な緑化や農業開発、工業開発が進んでいるようでした。

貧しい地域に豊かさをもたらすことは、たしかに植林・緑化ボランティアの大きな目的のひとつですが、極沙漠まで緑化しようというのは、わたくしの趣旨とは異なるのも事実です。このような動きは、これからも注視していかねばならないと実感した次第。

一行は敦煌の街には寄らず、空港から400km離れた嘉峪関までバスで直行します。
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道はあくまでまっすぐ・・・まあ、特に曲げる理由は見当たらないか・・・

ちなみに道の右側(今は北へ向かってるので東側)には・・・
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こんな山塊が続いており、年に数回だけ降る雨が、一気に押し寄せて道路を破壊するので、手前に見える誘導水路が作られているそうです。

左側(西側)は、まさにタクラマカン沙漠の入り口・・・
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ここから数百キロ先には、さまよえる湖ロプノールがあるはずです・・・

三枚前の画像の左側にも写ってましたが、南に拡がる5000m級のキレン山脈の氷河の雪解け水が、沙漠の途中まで流れる川の流域や、それが伏流水となって湧く泉のある場所が「緑のオアシス」・・・
オアシス本来の水環境に見合った範囲の緑化と農業なら、あまり問題はないと思うのですが、今回見る限り、かなりオーバーワークとゆー感じで、水のリサイクルもあちこちで始まっているとは聞きましたが工業用水にも大量に使われており、街も人の暮らしも、どんどん大きくなっているようでした。
もちろん、貧しい地域の人々が豊かになること自体を我々が止めることなんてできませんが、その方法でほんとにいいのか、持続できる別の方法はないのか・・・こちらも気になるところです・・・

小さなオアシス村にある古い「道の駅」で、給油を兼ねたトイレ休憩・・・
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シルクロードを行くラクダの隊商が寄ったとしても不思議ではないような道の駅でした・・・

ちなみにこちらがトイレ・・・
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あえて内部の画像は載せませんが・・・
ドアどころか左右の仕切りも申しわけ程度しかなく便器がずらっと並んでて・・・(後略)

こちらが給油中のバス・・・
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大きなオアシスやサービスエリアにはふつーのガソリンスタンドもあるのですが、どーゆーわけかここ数日間、どこにもディーゼル油がないそうで、この小さなオアシスの情報を得て給油に寄った次第。
そりゃあ沙漠のど真ん中でガス欠になったら、それこそ「一巻の終わり」ですから・・・

さらにバスは走り続け、嘉峪関との中間あたりの大きなオアシス都市、瓜州に入りました。
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街の中心には新しい水路や遊水地や緑地が作られ、豊かな水量を誇っていますが、やはりちと心配ですね。ちなみに瓜州は言葉どおり、全国的に有名な砂地栽培の瓜や西瓜の名産地であります。

で、こちらのホテル「瓜州賓館」で・・・
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夕食であります・・・
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奥地に行くほど、どんどん料理が辛くなります・・・

で・・・
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別の隊員が注文した、瓜州産の高級白酒(パイチュー)アルコール度数42%、そんなに強いパイチューではなく、やはりかなりの高級品なんですね・・・
ちなみに、我々と同じ頃に敦煌を発ったと思われる欧米人の一行は、このホテルで宿泊のようでした。そりゃあ、ふつーならそろそろホテルにチェックインする時刻なんですが、我々はさらに嘉峪関までの強行軍。

瓜州からは東へ高速道路を一直線・・・
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まさに現代のシルクロード、行き交う大型トラックが昔のラクダの隊商とゆーところ。
ま、今はシルクロードとゆーより、アイアンロード、オイルロードなんでしょうが・・・

で、画像の左側、白い送電塔が続いてますが・・・
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見渡す限り、風力発電の風車群だったのであります。
風車の高さは40m以上、こんな百基以上のまとまりが、次から次へと現れます。
いったい、どれだけの資本投下がなされているのでしょう・・・
敦煌からの現地添乗員さんによると、「すべてシコクのミツビシです。」とのことでしたが・・・
意味はよくわかりませんでした。

化石燃料や原子力だけでなく、大規模な風力や太陽光の利用も重要で、沙漠の太陽光や風力なら、それこそ無限のエネルギー、昔、遠山先生もそんな夢を語っておられましたが、もう現実になっているとは・・・
でも、飛砂対策などのメンテナンスも大変でしょうし、はるか遠く大都市までの送電ロスも大きいでしょうし、どれだけの費用対効果になっているのか、非常に興味のあるところでした。

ちなみに風車群の反対側は・・・
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ブルンジ地形というそうで、昔の川床だったところ、こんな光景も延々と続いてました。

で、夜の9時ごろになり、ようやく陽も傾きはじめ・・・
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風車群に夕日が沈み、ようやく暗くなってきました・・・

で、高速道路のサービスエリアで、最後のトイレ休憩・・・
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新しくてきれいなトイレで奇跡的に個室にドアがありましたが・・・上半分だけでした・・・


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ちなみにこちらがサービスエリアの仮設売店・・・まあ季節限定なんでしょうね・・・

この日は早朝から兵馬俑坑、午後からは空路と陸路で10時間以上かけての移動・・・
嘉峪関のホテルに到着したのは日付が変わる直前で、さすがにシャワーを浴びてビールを1本飲んだら、部屋の画像も撮れずにベッドに倒れ込みました・・・

(次号に続きます。)

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8月7日の深夜に嘉峪関市の中心部にあるホテルに着いた一行、翌8日は早朝から、
すぐ近くにある嘉峪関へ向います・・・

嘉峪関(かよくかん)・・・

万里の長城では最西端の関(砦)になり、最東端の渤海に面する山海関が「天下第一関」と称されるのに対し、こちらは「天下第一雄関」と称され、ともに、「ここで国は尽きる。」といわれた要衝なのであります。
ですから、山海関より東は「関東」と呼ばれる満州族などの別世界、旧軍の「関東軍」もこれに由来するとか。つーことは、この嘉峪関から西は「関西」になり、ヨシモトとたこ焼きの世界、もとい、西方民族の別世界・・・
そう、長安の都を中心とする中華王国がここで尽きるとされていた西端であります。

朝早くから急いで、しかしたっぷりと朝食をとり、ホテルのロビーに集合・・・
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ロビーのあちこちに池や緑が配されており、やはりこのあたりでは、
水が豊かさの象徴であることが実感できます。

ちなみに・・・
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泊ったホテルは「嘉峪関長城賓館」・・・このあたり、どこでもそのまんまのネーミング・・・

この街も1970年代から鉄鉱石の採掘で発展してきたそうで、最近まで遺跡には無関心だったようですが、もとの国民党政府軍の軍用空港を転用した小さな空港があり、今はそこも観光用に拡張整備したようです。

で、バスから見た早朝の街の様子・・・
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出勤途中でしょうか、この後も、あちこちで電動スクーターを見かけました。

このあたり、中心部への大型バイク乗り入れを禁止している都市が多いそうで、豊富な風力発電の電力とシンプルな構造で安価な電動スクーター、そのどちらもが相俟って安価でエコな通勤手段として普及しているのかも・・・雨がないので理想的だし・・・ま、冬は寒そうだけど・・・

バスで十数分、入城ゲートには開門前にもかかわらず、すでに行列ができてました。
やはり涼しくて混まないうちに・・・と、考えることはみなさん一緒ですね・・・
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待っている間に、ま、せっかくなので・・・
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それにしても、この空の青さ・・・
カメラのGPSでは、ここの標高は1688m、日差しはほんとに強烈でした・・・
さすがにわたくしも長袖にしています。ええ、
こんなふうにはなりたくないので・・・

今回も高齢者が多かったので、このカートで中腹にある二番目の城門へ到着・・・
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ええ、この城門には我々が一番乗りでした・・・むひひひ


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狼煙台もあり、万里の長城の続きであることがよくわかります。

現在の嘉峪関は、明代にティムールの侵攻を阻止するために強化されたもの、約500年前の改築で、豊臣秀吉の大阪城よりちょうど100年ほど前の築城になりますね。ここもあちこちで修復作業中でした・・・

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素敵な帽子の現地添乗員さんが指している下あたりが現在地、右の日本語解説にもありますが、全部で三重の城壁に囲まれており、もともと古くから、ふたつの山の間に長城が築かれていたところに1372年から本格的な築城がはじまり明代の改築により難攻不落の城になったもの。

古代都市国家アテネのキャンプ地方のように、山に挟まれた平地という、もっとも進攻されやすい地形で、このあたりにもキャンプ地方と同じく、軍の精鋭部隊が常駐していたとか・・・わたくし、お城や砦、要塞といった構築物は、当時の様々な工夫がされていて大好きなのであります。

通路沿いに植えられていた、乾燥に強い「砂ナツメ」の木・・・
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ナツメほどおいしくはないそうですが食用になり、昔も籠城用に植えられていたとか・・・


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外側の城壁内を進んでいくと、次の城壁と「天下第一雄関」の額が見えてきました。

ちなみに城壁の内側に貼ってあったパネル・・・
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夕陽を浴びる嘉峪関・・・

と・・・
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冬の嘉峪関・・・

さらに、こんなおにいさんたちも・・・
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で、城や砦には、必ず武人の神様である関帝を祀る「関帝廟」があるそうで、

もちろんここにも・・・
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ええ、右の方が関帝であらせられます・・・

で、一番内側の城壁の内部へ・・・
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当たり前ですが、内部に入ると城壁に登れます・・・ひいひい
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階段左側のスロープは軍馬用だそうです。ひひーん

城壁の上からの様子・・・
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城壁にあったランタン台、外に明かりが洩れないよう塞がれています。
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左は大きさ比較用の某酒飲み隊員・・・それにしてもよく飲んでたな・・・
ま、わたくしもたいてい一緒に飲んでましたが・・・

内壁の中の様子・・・まさにキャンプ、軍隊の駐屯地ですね・・・
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で、砦の南側には、はるかに・・・
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5000m級のキレン山脈の氷河が見えます。
中国では嘉峪関市がもっとも氷河に近い都市だそうで、このキレン山脈の向こうはチベット高原、さらにその向こうは、エベレストをいただくヒマラヤ山脈であります。ここからは見えませんが・・・

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東から続いてきた長城は、ここでやや南西へ曲がりますが山までずっと続いてました。
まさにここから西が、関の西すなわち「関西」で、ヨシモトとたこ焼きの世界、もとい、別世界だったのであります。

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ま、今の長城は途中で鉄道に分断されてますが・・・
ちょっと昔は長城なんか平気で壊してたそうで、日本の古墳なんぞと同じですね・・・

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城内にあるのは弓用のターゲットでしょうか・・・不思議なリアルさがありました・・・

で、別の階段から城内に下りてくると・・・
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おにいさんたちが武芸の訓練をしてました・・・
このキャンプ(駐屯地)で一番武芸に秀でた者がキャンピオン(チャンピオン)・・・

おっ、こんなところにも・・・
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ま、せっかくなので・・・
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ええ、中央の方が砦の守備隊長であらせられます・・・

「武具屋」さんもありました・・・
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しかし武具屋のおばさんも完全武装ですね・・・UV対策の完全武装・・・

こちらは昔の街並みを復元した城下町とゆーか門前町とゆーか・・・
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まあ、伊勢神宮前の「おかげ横丁」みたいなもんか・・・
可口可楽のビーチパラソルがちと不自然ですが・・・

と、早朝から嘉峪関を堪能した御一行、ふたたびバスで7時間かけて敦煌に戻ります。
植林ツアーでは、その地域の自然や風土を体感するために、長距離列車や長距離バスを利用することも多く、これはこれで楽しみなのですが、さすがに敦煌との往復で800kmのバスつーのはちと疲れました・・・

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でも、往路は夜で見えなかったキレン山脈の氷河が、翌日はずっと見えてました・・・
この山々を越えるとチベット高原、さらにその奥のヒマラヤ山脈を越えるとインドに入るのですが、さすがにヒマラヤは越えられないので玄奘三蔵たちもタクラマカン西端まで迂回したのであります。
ちなみにチベットのラサまで2007年に鉄道が開通したものの、このキレン山脈越えの高度は4000m以上、北京からラサまで52時間かかる長距離列車には乗客用に酸素ボンベが積まれているそうで、いつかは乗ってみたいものです・・・

昨日同様、延々と続く風車群・・・それにしてももの凄い数であります・・・
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ちなみに別の場所では、大規模な太陽光発電も行われているそうで、たしかに未来の先取りなんですが・・・イニシャルコスト、ランニングコスト、送電ロスなどを考えると・・・まさに壮大な賭けですね・・・

で、昨日とは別のサービスエリアで給油とトイレ休憩・・・
一時的なディーゼル油不足は解消したようでした・・・
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こちらはさらに新しくトイレもきれいでした・・・が、やはり個室のドアは上半分だけ・・・

超市(→超級市場→スーパーマーケット)も併設されており・・・
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こちらのレッド・ブル、日本ではあまり見かけないような・・・わたくしだけかな・・・


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こちらは無色透明の冬虫夏草エキス・・・
やはり長距離ドライバーには栄養ドリンクが不可欠なのね・・・

さらにバスは走り続け・・・
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一定間隔で、狼煙台跡が見えます・・・

で、昨日と同じ中間地点の瓜州に到着、昨日と同じホテル「瓜州賓館」で・・・
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昨日とは異なるメニューでの昼食であります・・・が、何かおかしいと思いません?
そう、ビールがないのであります。哀しくもきっぱりと・・・
じつは現地添乗員さんから、敦煌での見学時間をゆっくりとりたいので、以後はトイレ休憩なしで走りたい、そのため今ビールを飲んでトイレ休憩を申し出た人は罰金100元、それで夕食時にみんなにビールを奢るとゆー、なんとも残酷な提案がありましてですね、わたくしも不承不承ながら・・・うぐぐぐ・・・

で、ビール抜きの昼食後、バスはさらに走り続け・・・
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同じような景色が続きますが、中央の黒いテントがおわかりでしょうか・・・


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同様の光景を何度か見たので現地添乗員さんに訊くと、あちこちでレアメタルの試掘調査をしているとのことでしたが、どこのタープもテントもフライシートも、すべて黒一色に統一されてました。黒は熱吸収しやすいはずですが、やはり強烈な紫外線を防ぐためには黒なのか・・・

と、あれこれ黒いテントの理由を考えたりしていると、バスは敦煌の莫高窟に着いたのであります・・・

(次号に続きます。)

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早朝から、万里の長城では最西端の砦、嘉峪関を見学した御一行、さらに400km南西にある敦煌まで、前日と同じ現代のシルクロードをバスで7時間かけて戻り、そのまま敦煌・莫高窟へ直行しました。

敦煌・莫高窟(とんこう・ばっこうくつ)・・・

敦煌市街から約25km、鳴沙山という大砂丘の東側断崖に穿たれた700以上の石窟群で、わたくし2004年に蘭州の近郊で植林した際に炳霊寺石窟群は訪ねたことがあるのですが、敦煌の莫高窟ははじめてです。西暦350年頃から1000年以上かけて作られた仏教遺跡で、井上靖氏の小説などで日本でもおなじみですね。

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この涸れた川の左側に見えるのが鳴沙山の大砂丘、ご覧のとおり、その断崖の下部約2kmにわたって延々と石窟群が続いています。こんな砂丘状態でも下の地層は固まるようで、黄土高原の横穴と同じく、比較的掘りやすいのでしょうね。

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断崖の外側に見える通路や支柱は、近年になって見学・補強用に作られたもの。

で、いよいよ窟に入るのですが内部は撮影禁止、カメラはここで添乗員に預けます。

ま、せっかくなので、カメラを預ける前に記念撮影・・・
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内部では、敦煌研究院所属の日本語専門のガイドさんが、全員に耳かけ式のレシーバーを配布、流暢な日本語で二時間ほどかけて、有名な窟を案内・解説してくれたのですが、内部照明は殆どなく、けっこう明るいフラッシュライトを照射して説明しておられました。
他の隊員たちが、壁画や仏像についてあれこれと質問する中、わたくしはそちらが気になり、

「ねえねえ、そのライトは充電式? どこの製品?   ちょっと見せて下さいな・・・じゅるじゅる」

「はいはい、窟の案内が終わってからね・・・」

つーことで、

莫高窟内の画像は一切なく、いきなり外へ出てすぐの画像・・・
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敦煌研究院のオリジナルモデルだったのね・・・って、かなり使い込まれてますね。
レンズ集光式できれいなスポットになり、遠くの天井画や大きな仏像の部分説明なんかにはぴったり、LEDは「田」の形をしたのが1個でしたから、けっこう高級品なんでしょうね・・・まあ、白色LEDで雰囲気はイマイチでしたがフィラメントや蛍光灯よりは壁画への影響は少ないかな・・・

ま、せっかくなので、持参したARC-AAA wingスペシャルと一緒に・・・
(ちなみに他のライトはすべてバスの中でした・・・この日のために持ってきてたのにぃ
)
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わははは、しあわせなARC-AAAじゃあ!!!
ちなみにわたくしが首から下げてるのがレシーバー本体でノイズもなく、彼女の声がよく聞き取れました。嘉峪関や兵馬俑坑では、各グループの添乗員やガイドが拡声器で一斉に説明するので、混んでくると大騒音になってましたが、こちらでは鍵を持った研究院のガイドなしでは窟に入れないとゆー仕組みで順路も全員が分散するので、狭い窟でも待ち時間がなく、チャンネルもグループ別に設定してあり、彼女と離れていても耳元でそっと囁かれたような感じになりどきどきしてました。

で、窟内の見学を終え、外側を歩いて戻るときの様子・・・
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砂丘の断崖に何層にも窟が穿たれているのがおわかりだと思います・・・


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この上部には鳴沙山の大砂丘が拡がっています・・・
壁面も一部、塗装や吹きつけで補強してるようですね。

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こちらは途中の出口付近、補強された外壁ですが、最上部には壁画も残ってますね。

で、さらにガイドさんの案内で、研究院付属の工芸美術品店へ・・・
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彼女が着ているのは敦煌研究院の制服、壁画の花文様がパターン化されてました。


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ここでは入らなかった窟の壁画などの説明がありましたが、ここで最も有名な日本人は平山郁夫画伯だそうで、彼の直弟子が模写した壁画なども展示販売しており、けっこうなお値段でした。
彼女、ここではライトを照射してませんが、ライトを説明対象に正確に向けるのが習慣になってるようです・・・

ま、模写壁画なんぞは撮影可能でしたので、せめて一部だけでもご紹介・・・
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模写のすべてには窟の番号が記されてましたが、備忘のために、わたくしが実際に見学した窟は・・・

29-17-426-427(飛天、上の模写画像)-259(敦煌のビーナス)-257-93(33mの大仏)-148(大涅槃像)
の計8窟・・・だったはず・・・

彼女によると、敦煌に数週間以上滞在して、一日数窟ずつ、じっくりと見学される方もおられるそうですが・・・

壁画や仏像なんぞにあまり興味のないわたくし・・・
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早々に店を出て、外で売ってた冷たい青島ビールなんぞをじっくりと・・・でへへへ

莫高窟(と青島ビール)を楽しんだわたくし、対岸にあるバスの駐車場に向かいます。
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途中にあるこちらの広大な建物、莫高窟の内部を忠実に再現した最新の博物館で、なんと入場無料・・・だそうですが、ほとんどの人はスルーするとのこと。そりゃあ、ここまで来たら誰でもレプリカではなく本物を見たいとゆーぐらい、設計前でもわかったはず・・・ ま、本物の見学は完全予約制ですから、通りすがりの人が・・・でも、莫高窟を通りすがる人ってどんだけ・・・

で、本物の莫高窟
を見学し、今度はその奥に拡がっている鳴沙山へ行きました。
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信じられませんが、近くに月牙泉という泉があるとかで、こちらも敦煌の有名な観光地。


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大砂丘のいったいどこに泉が・・・みなさんレンタルのスパッツを履いて登ってますが・・・

ま、せっかくなので・・・
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我々は後ろに見えるラクダに乗って月牙泉を目指します。
ラクダなのでレンタルスパッツは不要と判断・・・

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こちらがラクダ乗り場、いったい何頭いるのやら・・・

ラクダに乗り、はるか頂上目指して進んで行きます。標高差100m以上はあるぞ・・・
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実際に下りてくる人たちもいるし、みんなスパッツ履いてるし・・・びくびく・・・

登りはじめて20分、やっとひとつめのコル(鞍部)に着きました・・・
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あの小さな小屋が泉なのかっ???・・・でも、まだまだ先までラクダの列は続いてるし・・・

ここの砂はきわめて粒子が細かく、風が吹くとバンダナでマスクしてても、生地の隙間から侵入してきます。
「カメラは必ずビニール袋に入れてバッグの中へ、たとえ風がないときでも出すのは一瞬だけにして下さい。それでもレンズが動かなくなるトラブルが多いので、心配な人はカメラを持ち込まないように。」
と、現地添乗員さんがバスの中で、何度も注意していたのですが・・・

そう、わたくしのWG-2 GPSは12m防水、レンズ可動部も完全密閉で各操作部の防水・防塵性能も高く、ずっと出しっぱなしでもまったくノントラブルでした・・・あとでシャワーで洗い流せばいいし・・・むひひひ

で、せっかくなので自分の記念写真も・・・
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ラクダは馬と歩き方がまったく異なり、前後だけでなく左右の揺れも加わり、長く乗ってるとけっこう疲れます。

で、ピーク付近には大きな休憩所もあったのですが、その少し手前から今度は別ルートへ下りはじめ、登りはじめてから一時間ほどでやっと泉が見えてきました。結局、スタート地点と同高度にあったのね・・・
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泉の位置を知らないわたくしが先頭で5頭ほどが繋がっており、その隊を牽いて歩いてた少年が、分岐点で何度も止まって話しかけてくるものの、まったく意味がわからず、じつはかなり不安でした。どうやら、10元くれたら、ここから頂上まで行くよ、とか、ここから遠回りするよ、とか言ってたようで、
いくつものコースがある中、我々の最終目的地は、あらかじめ指示されていたようでした。ほっ

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ラクダさんとはここでお別れ、重い荷物でのアップダウン、お疲れさまでした。

でも、これに荷物を積んで何ヶ月も旅するシルクロードとゆーのは、かなりハードなルートだったんですね。東西を結ぶ海上輸送ルートが確立されてから、敦煌などシルクロード沿いの貿易で栄えたオアシス都市が急激に衰退していった理由が実感できました。なにせ、たった一時間でお尻が・・・ううっ

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二枚前の画像にある泉と、こちらの泉の間には浅瀬のような跡もあり、この三日月状の泉ももっと広かったようですが、最近になって水量が極端に減っているそうです。地球温暖化が関係しているのか、それとも過剰な緑化や農業開発が原因なのか・・・

我が隊の代表によると、昔ここを訪れた故遠山正瑛先生が、当時のもっと大きな湖を見て沙漠での農業を決意されたとのことですが、今の状況をご覧になったら、なんといわれるか・・・
ある意味、日本からの植林ボランティア隊の原点ともいえる泉でありますが、付近での緑化や農業開発のための過剰な地下水の汲み上げなどが水位低下の原因だとしたら、ここでの持続可能な発展は見込めないわけで、遠山先生もそこまでの沙漠緑化は意図していなかったはず・・・と思いたいところです。いくら沙漠緑化といっても、現地の水環境とのバランスが大切で、その慎重な見極めが重要なんですね。

といいつつ、ま、せっかくなので・・・
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ちなみに後ろに見える道路、この日はとーとつな舗装工事で車両通行止めでした。
ここからエントランスまではカートで戻る予定でしたが、結局、20分ほど歩くことに・・・
旅行社には舗装工事やカート運休情報などはまったく入らないそうで・・・いやはや・・・

とか、ぶつぶついってると・・・

やがて・・・
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古くからあって文化大革命で破壊され、また最近復元したという寺院建築・・・
(以前は大きな泉の中心にあったそうで、手前の低地もその名残りでしょうか・・・)

・・・の向こうに陽が傾く頃には・・・

何とかエントランスまで帰りつきました・・・
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わたくしの腕時計(関空で買った煙草のおまけ)を見ると、ちょうど8時だったんですね。

で、街あかりが灯りはじめた敦煌の街に入り・・・
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宿泊するホテルのレストランで夕食であります。
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まだ前菜の段階ですが・・・飲みはじめたので・・・以後の料理画像はありません・・・

ちなみに・・・
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こちらの黄河ビールとゆーのは、はじめてでした・・・冷えてませんでしたが・・・

さらにちなみに・・・
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この地方でははじめて常温の紹興酒を注文してみましたが・・・イマイチでした・・・
さらに紹興酒の燗を頼んだ隊員には・・・とんでもないものがでてきて・・・
まあ、ビールを冷やしたり紹興酒を燗して飲んだりすることが少ないのでしょうね。

さすがにここまで西に来ると(国が尽きるといわれた嘉峪関より西ですから・・・)
まだまだ昔の怪しい雰囲気は残っており・・・

たとえば部屋に置いてあったブラウン管式テレビ・・・
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あれっ、コニカがテレビなんか出してたっけ・・・いや、よく見るとノキアのロゴか・・・

じつは・・・
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コンカだったり・・・

莫高窟見学の日本人が多いのか、環境配慮プレートにも日本語表記がありましたが・・・
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助詞の使い方とか、なんとなく不思議な感じでしたし・・・

まあそれでも・・・
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深夜のお夜食に悩んで・・・

眠るベッドの上には・・・
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有名な莫高窟の鹿物語の壁画があったのでありますね。これはきっぱりと

(次号、ツアー報告最終回に続きます。)

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2012中国・植林ツアー報告の最終回であります。
敦煌のホテルで一泊したわたくし、翌8月9日は昼前の便で直接北京に戻るだけなのに、
けっこう早く目覚めました・・・

まあ、せっかくなので・・・
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敦煌の朝焼け・・・

で・・・
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ホテルのレストラン・・・

と・・・
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わたくしのつつましい朝食・・・この後、皿の中味は何度も変わりましたが・・・

で、搭乗まで少し時間があったので、
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敦煌の中心街にある・・・


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「夜光杯」の製造直売所へ・・・

このあたり、キレン山脈などから採れる石の加工品が名産で、夜光杯とゆーのは・・・
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有名な詩・・・らしいのですが、ま、そーゆーことです・・・って、よくわかりませんね・・・

(記事アップ後、ご教示をいただきましたので、追記させていただきます。)
唐代の王翰の詩で題は「涼州詞」、ご教示いただいた内容からわたくしなりに翻訳すると、

葡萄の美酒、夜光杯にて飲まんと欲すれば、
琵琶をかなで、馬上から催すものあり
酔って沙漠に臥すとも、君笑うことなかれ
古来、戦(いくさ)に徴されしもの、幾人か還る

ただし、ご教示いただいたテキストでは、最後の「徴戦」が「征戦」になっており、
「古来、遠征に赴いたもの、幾人か還る」といった意味になるのでしょうが・・・

いずれにしても遠征してきた兵士を謳った、豪快で悲壮感あふれる詩ですね。

ま、わたくしの場合は・・・

ビールもどき、アクリルグラスにて飲まんと欲すれば、
肉を焼き、鍋を煮るものあり
酔ってテント前に臥すとも、君放置することなかれ
古来、キャンプ宴会の飲み過ぎ、幾人か還る

といったところでしょうか・・・

で、
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製造工程の説明、手前の完成品が夜光杯で鉄分の多い石を薄く加工した杯であります。

高級品はきれいな緑色で、液体を注いで、上から光をあてると・・・
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こんな感じになり、月光の下なんぞで飲むと、たしかに風情がありそうですね・・・
注いだ水が盛り上がってますが、石に含まれる磁力により表面張力が増すとか・・・
ほかにも飲み物の味をまろやかにするとか、鉄分が多くて健康にいいとか、様々な効能があるようでしたが・・・

わたくしがこのお店で興味を持ったのは・・・
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夜光杯照射に使われていた、KAIWEI LIGHT IMPLEMENTブランドのライトでした・・・
こちらはフラットなパターンで、月光がわりに照射するにはぴったりなんでしょうね。

ま、高級な夜光杯はとーぜんお高いので、わたくしは、
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お安い玉石なんぞのブレスレットやストラップを敦煌のお土産にしたのですが・・・
帰国後すぐに素敵な女性に召し上げられてプレゼントして、もうありません・・・

で、めずらしく曇り空の敦煌機場(空港)へ
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わたくしにとっては「世界最西端への旅」もおしまいであります。我誓再来敦煌!!!

で、昼前の離陸で三時過ぎには、植林ツアーで定宿にしている北京空港近くのホテルに到着し、シャワーを浴びてから、某酒飲み隊員と二人で安酒や夜食を入手するためコンビニを求めての周辺散策。

道行く人に愛想よく、「えくすきゅーず・みぃ、請問!!(ちんうぇん!!)」と声をかけてから「どぅゆうのう・ざ・うぇい・つー・こんびにえんす・すとあ?」とか、怪しい英語で訊いたのですが予想どおり通じなかったので、いつも中国ツアーには持参している筆談用のメモ帳に「便利商店在何処?」と書いて見せると、たちまち丁寧に地図まで書いて教えてくれました。で、その地図を頼りに探し歩いて行ってみると・・・半坪ほどのいわゆる「スタンド売店」でした・・・そうか、コンビニは「便宜商店」だったか・・・と、その時に思い出した次第・・・とほほほ

わたくし、こんな「街歩き」が大好きなのですが、今回は北京での数時間だけでした。

結局ホテル近くの酒屋で白酒(パイチュー)のみ購入、ロビーに集合して徒歩で・・・
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近くのレストランにて、お別れパーティを兼ねた夕食であります。

なんでもここは、「創作北京料理」のお店だとかで・・・
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この後も、北京料理にしてはあっさりとした料理が、いろいろと出てきたのですが・・・

こちらの刺身こんにゃく風のやつと・・・
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こちらの「長芋のブルーベリージャム添え」は・・・イマイチでした・・・うぐぐぐ

で、夕食後は・・・

一人で散策してたとゆー最年少のS君に教えてもらい、超級市場(スーパー)へ・・・
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夕食前に訪ね歩いて行った、あの「スタンド売店」のすぐ近くにありました・・・
道を訊ねたときに、「超級市場在何処?」とメモに書けばよかったのね・・・ううっ

けっこうでかいスーパーで、中国ワインだけでも・・・
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もの凄い品ぞろえでした・・・

ちなみにこちらの右側に延々と並んでいる・・・
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沙漠名産のナッツ類やドライフルーツ類は現地価格より二割以上割高でしたが・・・

ま、せっかくなので、お互い記念写真なんぞを・・・
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カモフラージュパターンのビールを見つけてよろこぶ98kさん


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(多分飲み過ぎで)腸の具合がおかしくなったため、乳酸菌飲料を見つけてよろこぶ、
某酒飲み隊員・・・って、そのインディアナ・ジョーンズのTシャツ、かっこいいなあ・・・

と、わたくしがホテルに戻ってから、売店で買い求めたTシャツがこちら・・・
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ええ、人民軍英雄「雷鋒」のTシャツであります。
インディと同じくヒーローだし、ムチのかわりにPPSH持ってるし・・・

とまあ、飲み物や食料なんぞを買い出ししたあとは、夜の北京の街をぶらぶらと・・・
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空港近くのホテル周辺のため、外国人も多く・・・


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エアラインのおねいさんたちも多かったです。
(今回使ったWG-2、オートピクチャーモードだとコロコロと撮影モードが変わります。)

こちらはご近所の家族連れでしょうか・・・
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化粧品店やブティックなどが集まる、いわゆる「女人街」なのでしょうか・・・


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若い女性が、やたらと多かったです。じゅるじゅる

ま、わたくしにはこんな店のほうがそそられますが・・・じゅるじゅる
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「雄牛火鍋」かぁ・・・名前からしてなんとなく凄そう・・・いったい、どんな料理なんだろ・・・
次回キャンプででも、てきとーに作ってみるか・・・どうせみんな知らないだろうし・・・

とまあ、夜の北京散策も終えて自室に戻り・・・
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一人宴会であります。
右側のカモフラパターンのビールは、お土産に持ち帰ろうと思っていたのですが・・・

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結局、2本とも空けてしまい・・・
さっきのスーパーで買った麺ではなく、最後の天ぷらそばで仕上げて、この夜は就寝しました。げふっ(ちなみに使っている箸は、red-bicycleさんからいただいたオリーブドラブ箸であります。)

で、翌日は昼前の便で帰国するだけ、空港から近いホテルなので朝寝しました・・・
前日、北京空港には3時前に着いたので、そのまま乗り継げば、夜には関西空港に着いてたはずですが、やはり便の都合からでしょうか、ま、のんびりできて、これはこれでよかったです。
ちなみにこのホテル、90年代から使ってますが水周りなどは改修したようで、基本性能は改善されてました。

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ホテルの自室から見た朝の北京・・・
このホテル、庭にプールもあったのね・・・知らなかった・・・

で、一人でのんびりと朝食・・・(他の隊員はとっくに朝食を終え、朝の散策に・・・)
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ええ、きわめてシンプルなものであります。

で、やはり空港近くのホテルですから・・・
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各エアラインのおねいさんが入れ替わり立ち替わり、朝食を摂ってました。
やはり職業柄でしょうか、みなさんほんとに朝の食事時間は短いんですね。

ま、わたくしは・・・
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皿の中味もグラスの中味も変化がありますが、ま、いたってシンプルなものであります。


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さらに変化がありますが、いたってシンプル・・・さすがにお腹がくちくなってきたな・・・

そして・・・
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誰もいなくなりました。げふっ

のんびりと中国最後の朝食を楽しんだ後は・・・
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北京空港に行き・・・って、「味平」ラーメンなのか、「味干」ラーメンなのか・・・


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中国人客で満席の関西空港行きに搭乗し・・・


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税関申告書を書いたり・・・
ふむふむ、化学兵器の原材料が禁止で、リクガメさんは制限されてるのね・・・

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最後の機内食で、最後の燕京ビールを飲んだりしてると・・・

あっとゆー間に・・・
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敦煌より暑い、大阪に着いたのであります。

ツアー中、ずっとカラッとしていた衣服が関空ターミナルを出た途端、汗でベトベトに・・・

中国・植林ツアー報告の記事は、今回でおしまいであります。ながらくのご愛読ありがとうございました。
わたくしが帰国した直後に尖閣諸島への上陸事件があり、その後急速に中国との関係が怪しくなってますね。
中国世論には、韓国世論などと同様、今まで延々と続けてきた反日教育の影響も大きいとは思いますが、もちろん、決してそれだけではありません・・・

わたくしが90年代から植林してきた中国西北部でも、歴史的な事実として満蒙開拓団や旧軍との軋轢がありましたし、はじめて行った頃は、その事実に裏打ちされた反日感情もまだまだ強かったと記憶しています。その後、ひたすら植林に来る日本人たちと実際に接するうちに、人同士の理解も生まれてきたと思っています。

昨年も植林してきたモンゴルでも、歴史的にはノモンハンをはじめ中国と同じ日本との軋轢が事実としてありました。さらに、旧ソビエト連邦も基本的には反日教育でしたから、その影響も大きかったはずです。今は「昔からの親日国」といわれているモンゴルでも、自分たちがロシアの衛星国から独立し一番苦しかった時に唯一無償援助を続けてくれた国、といった理由だけではなく、実際に様々な援助にやってきた日本人と接する中で、あるいは支援を受けて日本に来て、実際にいろんな日本人と接する中で、やはり人同士の理解が生まれてきたはず。
(実際に、来日して人に騙され苦労された方から、日本人にも悪い人もいい人もいることがよく分かったから、けっして日本そのものを憎むことはしません、という言葉をいただいたことがあります。)

教育の影響を無視することはできませんが、やはりお互いわかりあうためには、まず相手を理解しようとすること。そのためには、できるだけ客観的な事実関係を理解したうえで少しでも相手と話し合うこと、そしてお互い相手のためにたとえ僅かでもできることをする、あるいはしようとすること、これに尽きると思います。

国と国とは、これからも様々な軋轢があるでしょうが、人と人とは、ある程度までは理解しあえるはず・・・と信じて、今後もささやかながら、植林ボランティアなんぞを続けていくつもりです。

最後にえらそーなことを書きましたが、次回からふつーの記事に戻りますので、これからもよろしくねっ!!!

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