N.GKS(エヌ・ジクス)のblog

海外での植林ボランティア活動を実践するN.GKS(もと緑の協力隊・関西澤井隊)のブログサイトです。

カテゴリ: 15次隊・モンゴル

わたくし、6月5日から昨日10日まで、モンゴルでの植林をメインにしたツアーに参加してきました。いつもどおり、わたくしにとっては「ショクリン」がメインなんだか、「ショクヨク」がメインなんだか、よくわからないツアーになったんですが、ともかくこちらでは、食べ物画像を中心にさくさくっと報告させていただきます。

わたくし、中国の内蒙古自治区には1990年代から何度か植林ツアーに行っているのですが、
モンゴルは今回で二回目であります。モンゴルでも最近になって、(地球温暖化が原因なのか、カシミヤ山羊などの過放牧などが原因なのかは議論のあるところですが、)年々、草原の草が短くなってきており、沙漠化も進んでいるのは間違いなさそうであります。

今まで放牧していたふつーの羊さんとは異なり、カシミヤ山羊は草の根元まで食べてしまうため草原の再生は困難、でも、羊毛の四倍以上の値段で取引されるカシミヤはやはり魅力で、一番の輸出先は日本だそうであります。

もともと木や農作物を植えたり、土葬や火葬にしたりといった「土を掘り返すこと」自体がタブーだったモンゴル人にとっては植林という習慣もなじみがないようで、地下資源の利用や農業の発展とあわせて、よほどうまく植林していかないと沙漠化防止と豊かさ確保の両立はできないと思うのですが・・・もともと寒冷少雨で木の少ない草原の国ですから、もとは森林だった内蒙古の沙漠や、寒冷でも雨量(積雪量)の多いロシア側とは異なり公園や街路以外に木を植えること自体、ほとんど実施されていないようで植林自体が試行錯誤の段階のようであります。

日本の4倍以上の国土でその7割以上が大草原、そこに270万人が暮らしており、その半数近くが今やウランバートルや近郊に定住、しかもその数が増えて経済も発展しているが環境も悪化している、というのがモンゴルの現状のようです。

今回は日本モンゴル親善協会主催のイベントの一環というかたちで、地元の子どもたちと一緒に植林します。

と、前口上が長くなりましたが、わたくしはいつものお気楽ツアーで・・・

今回は昼過ぎに大阪の関西空港を出発、韓国・ソウル近郊の仁川(インチョン)空港で四時間ほどのトランジット(乗り継ぎ)待ちの後、モンゴル・ウランバートル近郊のチンギス・ハーン空港(ちょっと前まではボヤント・オハー空港)へと向かいます。
今回ツアーの空路は、すべて大韓航空(の共同運航便)だったんですが、わたくし大韓航空機に乗るのは(おそらく)はじめて、
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この韓国伝統の簪(かんざし)が客室乗務員さんのトレードマークだったんですね・・・
どの便も素敵なおねいさんばかりだったので、帰路で立ち寄ったソウルの現地添乗員さんに訊いたところ、「ええ、大韓航空はいまでも容姿中心の採用ですし、最近はみんなプチ整形してるし・・・ぶつぶつ・・・」と、主婦もやってる添乗員さん、昔、大韓航空入社を目指したことでもあるのか、幾分ぼやきも聞かされたましたが・・・
でも、みんなとても愛想もよくて優しくて、しかも動作はきびきびとしてて受け答えも正確、とても好感が持てました。

で、ついつい・・・
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午後の軽食だけにもかかわらず、ビールをどんどん頼んだりして・・・
格安航空便などは機内サービスが一部有料になってるそうですが、
こちらは酒類もすべて無料でした。ひっく

で・・・
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まだ梅雨入りしていない仁川(インチョン)空港に無事到着、なんとここでわたくし・・・

じゃーん
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李王朝末裔直々のお出迎え
を受けたのであります。
ややきっぱりと
(ま、視線の先とわたくしの立ち位置とがちと異なりますが・・・)

ちなみに視線の先では・・・
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わたくしのために用意された歓迎の歌や踊りなんかも・・・
ちょっと立ち位置が異なりますが・・・

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「アンニョンハセヨー、ようこそ韓国へいらっしゃいました!!!」
「わははは、しあわせじゃあ・・・」
と、まあ・・・
いろんなイベントやショップのある広大なインチョン空港、やはりボルネオ植林で乗り継ぎ待ちしたクアラルンプール空港同様、四時間程度ならまったく退屈せずに・・・

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缶入りの生マッコリを飲んだり・・・


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韓国風ジャージャー麺を食べたり・・・


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和風キムチうどんを食べたり・・・


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って、たしかに出汁は和風でしたが、こちらのほうが辛かったような・・・

とかいってるうちに、あっとゆーまに出来上がり時間も過ぎ・・・
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夕闇迫るインチョン空港ともお別れ・・・


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機は黄海をまたいで、一路ウランバートルへ向けて進んだのであります。

ま、その機内でも・・・
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右側の赤ワインを何杯おかわりしたのかは覚えておりませんが・・・


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自宅では観れないナショ・ジオなんぞをぼんやり眺めてると、やがてウランバートルのチンギス・ハーン空港に到着しました。
空港から市内中心部のホテルまではバスで一時間ちょい、モンゴルでは日本時間より一時間戻るのでありますが・・・

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ホテルに着いたのは、日本時間では午前一時過ぎ、画像中央のモンゴル時間でも、
午前零時は過ぎていたのであります。

仕方がないので自室でシャワーを浴び、一度すっきりしてから・・・

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冷蔵庫にあったモンゴルビールなんぞをですね・・・


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この「ゴールデン・ゴビ」とゆーモンゴルビール、わたくしははじめてでしたが、
なかなかおいしかったです。ひっく

(次回に続きます。)

反省と言い訳のP.S.
またしても一日目から飲み続けの食べ続け・・・となってしまいましたが、
ま、翌日からは・・・画像を撮る暇もなく、食べ続けの飲み続け・・・でしたので、
次回記事から食べ物画像や飲み物画像は少なくなる・・・かも知れません。
って、やっぱり今回も鯨飲馬食ツアーだったのね・・・あは、あははは

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前回記事からの続き、モンゴル植林ツアー報告の二回目であります。

結局一日目は日本からモンゴルへの移動だけで潰れ、日付が変わってからウランバートルのホテルに到着したわたくし、ホテルの自室でモンゴルビールなんぞを飲みつつ、当日朝にあわてて詰め込んだ装備品を再点検したりして、結局、就寝したのは午前三時を過ぎてからでした。ひっく
で、翌日は、八時に起床して洋風モンゴル風ごちゃまぜバイキングの朝食を終え、九時半に貸切バスで二時間ほどのテレルジ国立公園に向けて出発しました。

ホテル前で記念撮影するモンゴル体型の二人と、やはりよく似た体型の背後霊・・・
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今回のツアーにはわたくしの奥様も同行され、この背後霊さんはその友人であります。
ええ、この二人がいなければもっと静かな旅行に・・・わっ、ぼかっ、べきっ、ぐしゃ


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ホテルの近く、ウランバートル中心部の、古い街並みの様子であります。


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周縁部はこんな感じ、塀で囲われた定住型の白いゲル(テント)と戸建住宅が混在します。

モンゴルの6月から9月までは一応雨季、この日の朝も、ご覧のとおりの曇天でしたが、雨季といっても雨量は少なく、日本のような大雨や一日中降り続くような雨は滅多にないそうであります。

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もう少し離れてきたところ、線路の柵の手前、隊員が立っているあたりまで一面が、
広大な男子用トイレ・・・といっても、もちろんただの草原なんですが・・・

で、こちらとは反対側、しゃがむと道路から見えない側が女子用トイレで・・・撮影はしませんでしたが・・・郊外にでたら人家がなくトイレ休憩で止まったところがトイレになるようであります・・・ま、牛や馬などの大きなフンもあちこちにあるし、遊牧民は昔の農村のように肥料にすることもないですし・・・
ちなみに放牧している家畜のフンの乾燥したやつは貴重な燃料で、これを集めるのも重要な仕事なのであります。

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ちょうど二重連の列車が通過、鉄ヲタならたまらないシーンなんでしょうね。


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もう少し郊外になると、あとは見渡す限り一面の草原、今はちょうど草が生え出して、
本格的な遊牧が始まる季節であります。
画像がちっちゃくて見にくいですが、馬に乗って遊牧している二人はまだ子どもでした。
そう、6月から9月までの4ヶ月間は、モンゴルの学校は夏休みで、宿舎生活をしていた
遊牧民の子どもたちはゲルに戻り、遊牧の手伝いをするのであります。

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この丘を下って、右側に見える橋を渡るとテレルジ国立公園であります。
ちなみに川の手前は高級別荘地。橋が2本見えますが、右側は現用の木橋、左側が建設中のコンクリート橋であります。画像左側の看板にあるようにゴルフ場もできて、まさにゴルフコースにぴったりの地形なんですが、あちこちに地ネズミやマーモットの巣穴がいっぱい、いわば全コース上に無数のホールがあるようなもので、しょっちゅう巣穴にホール・イン・ワンするため、かなりの予備ボールが必要なのだとか。

この木橋を渡ってテレルジ国立公園内へ入ります。
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やはり川沿いは土中の水分が豊富なためか、木々が大きく育っていますね。

で、今回はちと寄り道をして、実際の遊牧民のゲルを家庭訪問させていただきました。
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このふたつのゲルで四人家族が生活、左側の新しいゲルは居間や食堂、客間のような使い方をされてるようで、中央に大きなテーブル、周囲には客用?ベッドのほか、仏壇、テレビ、冷蔵庫などが置かれてました。

ちなみに暑い時は、天頂部の一部と右側のゲルのように下部のフェルトを巻き上げて換気、
冬はフェルトを何重にも重ねます。
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風対策はラインのペグ固定ではなく、ゴムチューブに重りをぶら下げてありました。
このほうがフレキシブルに風を受け流すんでしょうね。なかなか参考になります・・・

ここは道路に近く、電柱から電力を引き込んでおられましたが、場所によってはソーラーパネルや発電機を使われるそうです。

で・・・
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ゲルには敷居を踏まないように右足から入り、左側が男性、右側が女性で一番奥が主、奥から順に上座のルールなんですが、ご主人様の席と女性の一番上座に座ってしまった、背後霊さんとうちの奥様・・・ちなみに左端は今回の隊長であります。

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さりげに女性側の上座に座られた御主人はさりげに無視して、長女のご機嫌をとろうとする背後霊さん・・・このあたり、さすが大阪人!

現地添乗員さんの通訳でいろいろと話し、塩とバターたっぷりのミルクティーや、自家製チーズなどをご馳走になりましたが、牛を90頭、羊を300頭ほど放牧されているそうで、一人では大変な作業量だと思いましたが、今は別に住むというお父上も手伝われているのかも知れません。

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奥様はお茶やチーズを供されるだけで、客との受け答えは御主人がされてました。
「病気や怪我をしたときはどうされるんですか?」
「40kmほど先にお医者さんがいます。それでもだめなときはウランバートルの病院まで行きます。もちろん馬に乗って。」
現地添乗員さんから補足して説明があり、
「モンゴル人は我慢強いので大抵の病気や怪我はじっと我慢して治します。我慢できない場合にはその辺の薬草を使いますから、医者や病院に行くのは、よほど重大な手術を要するときだけです。」とのこと・・・

ちなみに今回の現地添乗員さん、外務省高官の娘さんだそうで、お父上の仕事で子どもの頃は日本に住んでいたという、きわめて日本語の上手な方だったので、別の隊員がモンゴル人にとって日本語でいう「ちょっとそこまで」の感覚はどのぐらいでしょう?とお訊きした時には、「10kmぐらいでしょう、もちろん馬に乗って。」とのことでありました。うーむ。

ちなみにこのゲルの・・・

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ほんとの御主人は、右側のモンゴル体型の方・・・迷彩パンツの長男くんもなじんでたし・・・

家庭訪問の後は、前回も行った亀石に立ち寄りました。
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このあたり一帯は奇岩が多いのですが、なかでも単独で巨大なのがこの亀石。

このあと一行は、この日の宿泊地であるツーリストキャンプに向かいます。

(以下、次号に続きます。)

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さて、前回、前々回からの続きであります。
遊牧民のゲルを家庭訪問し、「亀石」へ立ち寄ったわたくしたち、テレルジ国立公園内のツーリストキャンプの中でも今回は比較的新しくできたキャンプサイトに、正午ごろに到着しました・・・
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すぐ背後に奇岩群が迫りなかなかの絶景ですが、到着時には雨がパラつき始めました。

で、きれいなログハウスの管理棟兼レストランで、とりあえずは昼食であります。
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前回訪問時は、おそらくテレルジで最古、社会主義時代にできたようなツーリストキャンプだったんですが今回は管理・レストラン棟も、シャワー・トイレ棟も新しくて、とてもきれいでした。

ともかく乾杯であります。じゅるじゅる
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で、まずは前菜から・・・
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分厚いハムのほうがジャガイモより多いポテトサラダの次は・・・


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モンゴル風の肉うどん・・・


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モンゴル風の包み物各種・・・すでにいくつか食べた後ですが・・・

もちろん中身は・・・
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肉、肉、肉・・・なんですが、この日の昼食は羊嫌いが多い日本人に配慮して、すべて牛肉を使用したとか・・・ま、わたくしはどちらも大好きなんですが・・・
ほかにも、パンにチーズ、バターに紅茶などが付いてましたが、日本と同じ一枚ごとパックになったスライスチーズが秀逸でした。ただ、薄くスライスした黒パンは固くてパサパサでしたが、これはまあ好みなんでしょうねえ。わたくしの自宅にホームステイした留学生たちも、最初のころはたいてい、「日本のパンは柔らかすぎる。」とか、「歯にくっついて気持ち悪い。」とかいってましたから・・・でも帰国してからはたいてい、また日本のパンが食べたいとゆーメールが来てましたが・・・

で、こちらが今夜のゲルで四人分のベッドとストーブ、小さなテーブルなどがあります。
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右端のお方が、このゲルの主にして影の千人隊長といわれる・・・
いやあ、5年前が懐かしいなあ・・・
コンバースのキャップもコールマンのウェストバッグもストロボによく反射してますね・・・

ちなみに、こちらがゲルの天頂部。
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観光用でやや装飾が多いですが、基本的には家庭訪問した遊牧民のゲルと同じ構造。

追記で、こちらが家庭訪問したゲルの天頂部・・・
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屋根のフェルトを半分開けて光を入れ、雨風が入らないよう透明ビニールを掛けてありますが、これもまったく同じ仕組みでした。

こちらは夕方に撮った画像なんですが・・・
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分解するとこんな感じ、これを馬やヤクに積んで(今はトラックも多いそうですが)大草原を移動しながらの遊牧生活、分解や組み立てには1時間もかからないそうです。

で、食後のお昼寝やお散歩なんぞを終える頃には・・・
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スコーンと晴れてきて、馬に乗っての周辺散策に出発であります。


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今回は、各自のヘルメットと乗馬用のスパッツを用意してくれたのですが・・・

わたくしのアタマに合うヘルメットは
ひとつもありませんでした。
ううっ

でも、スパッツのほうは・・・
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わたくし好みの色合いのやつがありました・・・でへへへ

ただ今回は単独行動や馬上からの撮影は禁止でしたので、自由に走ることもできず、
出発時の馬上からの画像のみ・・・
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で、馬での散策が終わった時点で時刻はまだ五時前・・・
七時からの夕食には時間があったので、今度は徒歩での散策であります。

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少し離れると、奇岩群の大きさがあらためてわかりますね。
でも、けっこう麓にまで岩が転がってきてるし、左上の岩なんか・・・

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ちょこんと乗っかってるだけで、転がってきたらゲル群なんかボウリングのピン・・・

といいつつ、こんな奇岩群を見てると登ってみたくなる性分なんですね、わたくし・・
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このあたりを裏から・・・


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もうすこしで頂上・・・ありゃ、チムニーに腹がつかえたぞ・・・ひいひい・・・

で、なんとか頂上まで這い上がったのですが、さすがに狭くて、立つ場所もカメラを置く場所もありませんでした・・・

仕方がないので、頂上をまたいで・・・
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左足先だけの記念撮影であります。あははは

(このとき、奥に見える反対側のピークに登っていた隊員が、わたくしの呼び声に気づいて画像を撮ってくれたようですので、その画像が送られてきたら、いずれここに追加しますね。)
(8/18追記です。画像がDVDで届きましたので下に一枚追加しました。M.Y.さん、ありがとうございました。元サイズは大きいので、クリックして中央あたりをズームすると、わたくしの雄姿がくっきりと・・・)

じゃーん
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まあ、足先だけの記念撮影とゆーのもなんなので、別のピークに登りなおして、
自分の登ったピークを撮影・・・


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でも、この自分のシルエットも、けっこう記念撮影になるかも・・・


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わははは、愉快愉快

で、岩場を下りて、丘を下る頃には、影はますます長くなり・・・
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わははは、ますます愉快愉快

で、テントサイトに戻れば、いよいよ待ちに待ったキャンプ宴会のはじまりであります。

(次号に続きます。)

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モンゴル二日目の夜(といってもまだまだ明るいのですが)になって、いよいよキャンプ宴会のはじまりであります。
一日目の夜は機内食だったので、これがはじめての夕食宴会、今回のメンバーは60代から70代が中心でしたが、みなさん元気な人ばかり、しかも酒好きが多かったので、おおいに楽しみにしていたのであります。

まずはビールから・・・
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現地時刻でも7時を過ぎているのですが、ご覧のとおり、
窓の外はまだまだ明るいのであります。

で、この日のメインは、なんといっても・・・
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こちらの「羊の石焼き」
このミルク容器の中に、まるまる一頭分の骨付き羊肉と焼け石が入っています。

じゃーん
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って、かなり取り分けたあとの画像になってしまいましたが・・・
なにせ食べるのに夢中だったもので・・・

まあ、石焼き芋と同じなんでしょうね、岩塩と焼け石で骨付き羊肉を蒸し焼きにした、
モンゴルの伝統料理であります。

これを素敵なおねいさんが、各テーブルにどんどん取り分けてくれます。
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で、各自の前にある、このおにぎり付きプレートにですね・・・
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好きなやつを・・・どかっ!・・・と・・・
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わたくし、最初は部位をまったく考えず、ともかく大きなやつを取りましたが、
あとはそれぞれの部位を味見して・・・

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わははは、完食、完食・・・
ちなみに右のプレートは、ほかのみなさんのプレート・・・
いや、そんなことは・・・なかった・・・のか・・・どーだか・・・

これ以外にも、ボルシチなどいくつかの料理が出たと思うのですが、
まったく記憶になく、画像もありましぇん。ええ、きっぱりと

さすがに(羊の肉だけで)お腹がいっぱいになったわたくし、ビールのおかわりをすることもなく(人さまからはいただきましたが)、一服するために一息入れるために、外に出たのですが・・・
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八時を過ぎて、ようやく東側の山々が夕日を受けて、赤く染まりはじめてました。

で、この日のキャンプサイト、我々18名のグループ以外には、遅れてきたオーストラリアからの5名のグループだけと聞いてましたので、隊の酒飲み連中には、わたくしのゲルに酒とつまみと椅子とグラスを持って集合、そこで朝までどんちゃん騒ぎじゃあ!!!と、一次会で伝えておきました。

で・・・

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まず10名ほどが集合、わたくしがインチョン空港で買ったカティサークをはじめ、黒、青、赤、各レベルのチンギス・ウォッカ、陶器瓶入り韓国焼酎やプレゼント用に用意した日本の高級ウィスキーミニチュアボトル各種、柿ピーにイカフライなどなど・・・

で、おおいに盛り上がっていたのですが、例によってわたくし、一服するために外に出た時、たまたま通りかかった欧米系の二人連れに声をかけたところ、英国とノルウェーから来たとのこと・・・
「ここは影の千人隊長のゲルじゃ、旅人は歓待するのがモンゴル流、まあ入らんかいっ!」
と、無理やり宴会に引き込んだとゆーか、よろこんで入ってきたとゆーか・・・
「まずはチンギス・ウォッカをかけつけ三杯・・・おおっ、ええ飲みっぷりやないか・・・
管理棟ではオーストラリアからの5人組だけと聞いてたが、どないなってんねん。」
と(英語風大阪弁で)訊いたところ、あとはオーストラリア人1人とアメリカ人2人の計5人で、たまたま知り合って一緒にモンゴルを廻ってて、その後はロシアに行く予定とのこと・・・

それぞれ3ヶ月から6ヵ月の休暇で世界各地を周遊中、全員が20代半ばから後半の、いわゆるエリートサラリーマンでした・・・うーむ、この年代の優秀な社員が長期休暇を取って世界漫遊できるとは・・・

そうこうしてるうちに、シャワーがえりのうちの「お騒がせ二人組」も入ってきて・・・
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こぽこぽこぽ・・・って・・・自分らの分以外に客にも注いだらんかいっ!!!
「ホカノ、トモダチ、ヨンデキテ、イイデスカ・・・フタリダケダト、チョットコワイシ・・・
「おう、何百人でも連れてこんかいっ、わしは影の千人隊長やぞ・・・ひっく・・・」

で、
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メキシコで買ったとゆー、お気に入りのポンチョを着たオージーも来たのですが、
なにやら三人でこそこそ話して、彼一人がふたたび暗闇に消えて行きました。

で、しばらくすると、残る二人のアメリカ人とともに現れたのですが、三人の両手には冷えたビールやワインがいっぱい・・・そーいやさっき、こそこそとドル紙幣を出し合ってたな・・・
うーん、若いのによく気がつくのう・・・

で・・・
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わははは、愉快、愉快

結局、このキャンプ場の宿泊客のうち酒飲み全員が、わたくしのゲルに(世界各国から)集まったわけでなんですが、我々があちこちで植林しているボランティアグループであること、今回は東日本震災支援へのお礼も込めてウランバートル近郊で、地元の子どもたちと一緒に植林することなどを伝えると、
「ほんとに素晴らしい活動です、わたしもリタイアしたらそんな生活をしたいです。」
と、なかなか殊勝なことを・・・って、わたくし、まだ現役なんですが・・・

で、おおいに盛り上がっているゲルを出てみると・・・
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10時を過ぎて、ようやく暗くなってきた草原に月がかかり・・・

おそらく世界で二番目の、ゲルへの照射比較であります。
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右はFENIX LD-10のハイモード、左はたぶん40w程度のゲルの白熱電球(クリア)・・・
って・・・ゲル内の白い光点は一体なんなんだ???

ふたたびゲル内に戻ると「まだまだ若い者には負けぬ・・・」と国際腕相撲を挑むもの、
各国の国歌や民謡を合唱し出すものと、さらに盛り上がってて・・・

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教えてもらったばかりの「あっち向いてホイ」を延々と続けるものまで・・・

とまあ、じつに楽しい国際的キャンプ宴会となりました。

で、ゲルでの宴会後は・・・
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またゲルの外で飲みつつ、みんなで草原に寝転がって、満天の星の観察会をやってたんですが・・・すっかり出来上がってたのと、見える星の数があまりにも多すぎるため、当日の星座表を持ってた天体に詳しい隊員でさえ、まったく星座を特定できませんでした。あは

(次回に続きます。)

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モンゴル植林ツアー報告の5回目であります。
モンゴル二日目の夜に国際的なキャンプ宴会を楽しんだわたくし、
翌朝にはキャンプ場とも素敵なスタッフともお別れであります。
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でへへへ・・・

わわっ、割り込むんじゃないっ・・・・・・

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ううっ、最後はツーショットにしようと思ってたのにぃ・・・

とまあ・・・
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朝の放牧で羊さんが移動しはじめたキャンプ場を出発、バスはウランバートルに戻って、
午後からは市内見学の予定なのであります。
今回の植林ツアー、日本モンゴル親善協会のイベントにあわせての植林で、出発便や到着便の都合もあってかなり変則的なスケジュールとなっており、この日の午後と翌日の午前が施設見学などになりました。
ほんとはウランバートルで丸一日の観光日程か自由時間が欲しかったのですが・・・
そう、前回は丸一日がウランバートル観光で、わたくしは息子と抜けだしモンゴル陸軍射撃プログラムに行ったのであります。
ま、逆に言えば今回が初めてのウランバートル市内見学で、見学先としてはN.GKS隊の定番コースである自然史博物館をはじめ、お寺や宮殿などを見学したのですが恐竜のコレクションで有名な自然史博物館の内部は撮影禁止でしたし、他の施設もちょうど夏休みに入ってモンゴル人は全館無料!ウィークになっており、どこも内部はモンゴルの人でいっぱい、まあ、街の様子と外観だけでも、さくさくっと紹介させていただきます・・・

新しくなった国会議事堂とスフバートル広場
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5年前に来た時はまだ建設中で、陸軍射撃プログラムに参加していたわたくしと息子は夕方にここで隊と合流したのですが、やっと完成したようですが広場はまだ整備中でした・・・
中央はもちろんチンギス・ハーン、手前の人物が影の千人隊長・・・なのかっ???

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広場に面したウランバートル市役所と、背後は建設中の新庁舎・・・

市庁舎以外にも、オペラハウスなど広場周辺の重厚な建物は、殆どが戦後ソ連に抑留された日本の将兵によって建てられたもので、建て替えの際に、あちこちから日本語の書かれた部材が出てきて、調べてみると当時の技術では最大限の工夫が随所になされていたことが判明したそうで、そのことが最近報道されてモンゴルで感動を呼んでいるとのことでした。
わたくしの親の世代になりますが、我々が想像できないような過酷な状況の中でもベストを尽くされてたんですねえ・・・

で、こちらがモンゴル・チベット仏教の総本山、ガンダン寺
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内部に10以上ある、僧堂や寺院の周囲にはマニ車がずらりと・・・


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お坊さまも読経代わりにですね・・・(違)


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こちらが高さ26.5mの観音様が祀られている観音堂・・・
共産政権に破壊され1996年に再建されたものだそうです。

ガンダン寺を出て、市内を走っていると、こんな看板が・・・
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うーむ、ペイントボールゲームもあるのか・・・日本では禁止されてるのになあ・・・
ま、実銃はいっぱいあっても、ゲームはできないからなあ・・・

で、遅めの昼食はロシア料理店へ・・・
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タイガービールをモンゴルのロシア料理店で飲めるとは・・・
って、キャビアがずいぶん少ないですが・・・じつは・・・
モンゴル土産とゆーと、食品ではまず岩塩、それに5年前はロシア産のキャビアがとても安かったんですが、今回もたまたま同じ食品スーパーへ連れて行ってもらったところ、同じキャビアがなんと5倍以上のお値段に・・・岩塩もけっこうお高くなっており、小さな袋に小分けして売られていました・・・高騰した理由はわかりませんが・・・

で、この後にボルシチがでて、そのあとのメインディッシュはロシア風ハンバーグ・・・
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みなさん、肉の臭いがきついとかで残しておられましたが、もちろんわたくしは完食・・・

で、午後からはザイサンの丘にある、ザイサン・トルゴイ(戦勝記念碑)へ
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300段ほどの階段を登ります。ひいひい・・・あともう少し・・・


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やっと登頂であります。


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ふむふむ、みんなでナチスをやっつけて・・・


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ソ連軍とモンゴル人は、ずっと仲良く暮らしてたんですね・・・

丘の上からは、ウランバートル市内が一望できます。
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ご覧のとおり、町はずれには定住型の白いゲルも点在してますが・・・


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市内中心部のほうは、まさに100万都市の様相であります。

ちなみに、丘の麓にはこんなのも飾ってありました・・・
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そりゃまあ、なにせ対独戦勝利の立役者ですからねえ・・・四号より装甲厚いし・・・

ちなみに民主化後、粛清の象徴だったスターリン像は全て破壊されたそうですが、
レーニン像は残してあるそうです。
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こちらがボクトハーン宮殿の正門、内部は現在博物館になってますが、
こちらも無料ウィークとあって、ものすごい人出でした。(外国人は有料)

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中庭ではドキュメンタリー映画でしょうか、仏教儀式の撮影が行われていました。

で、夕方の6時から国立劇場で国立民族歌舞団の公演を見学・・・
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この画像、7時半に公演が終わってから撮影したものですが、まだまだ明るかったです。

で、今回は特別サービスで撮影OK、とゆーことで・・・
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いろんな踊りあり・・・


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歌あり、演奏あり・・・


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寸劇あり・・・


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アクロバットまでありましたが・・・

なんといっても・・・
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左の方のホーミー(喉歌というのか、二重発声歌唱というのか・・・)がわたくしには秀逸でした。
高音部の口笛のようなきれいなメロディーと低音部が見事に一人の口から出てきます。
なんでも、人と接することが少ない遊牧民がさみしさを紛らわすために自然の音を真似たのが起源とかで、モンゴル人男性でもホーミーができるのは1000人に1人といわれており、しかも父親もできる場合が殆どだそうで、さらに女性でできるとなるとモンゴル全土でも現在たった1人しかおられないとか・・・

全体的に充実したプログラムでしたが、踊りの振り付けなどは、まだまだ社会主義時代のイメージが残っており、その意味でも懐かしい感じがしましたねえ・・・劇場内部も薄暗くていかめしく、いかにも、とゆー感じでしたし・・・

(モンゴル紀行、次回に続きます。)

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さて、モンゴルの歌や踊りを堪能した3日目の夕食は、ウランバートル市内の韓国系のバイキングレストランでした。5年前にはじめて来た時には、市内一日観光を抜け出して、陸軍の射撃場でAKMなどを撃ちまくってたので、その日の昼食会場だったこのレストランには行けず、今回楽しみにしていたのですが・・・
まあ、おいしい白菜キムチとわかめスープとご飯があったぐらいで、あとはふつーの洋食バイキングでした・・・

10時前にはホテルに戻り、外国では珍しいホテル内の「サウナ付き大浴場」で入浴。

この日のホテルの部屋割、空き部屋の都合からでしょうか、わたくしはなんと・・・
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3室続きの部屋に一人、とゆー、なんともぶるじょわな状況に・・・

手前が書斎、真ん中がリビング、奥がツインのベッドルーム・・・

めったにこんな部屋を独占できることはないので、キャンプ宴会で残ったカティサークとミックスナッツをだしてきて、あっちの部屋で一杯、こっちの部屋でまた一杯と、ご機嫌でやってたのですが11時ごろに・・・

とーとつに全館停電!!

非常用照明もなく、いきなり真っ暗になり、手探りで窓のカーテンをあけると、向かいのアパートも全館停電のようで、ウランバートルでも停電は珍しいのでしょうか、何人かの住民が、強力ライト型の懐中電灯を片手に不安そうに外に出てきてましたが、道路を隔てた反対側のアパートは点灯しており、極めて一部地域の停電のようでした。


「仕方がないなあ・・・へっへっへ」

と・・・なんとなく、うれしくなったりして・・・

まずは貴重品とともにいつも手元に置いている、wingさんからいただいた高輝度LED換装済キーホルダーライトを点灯、ほんとはこれだけでも、身の回りを整理して脱出などに備えるには充分なのですが・・・
FENIXのMC-10を首からかけ、Higuさんからいただいた電球色CREE換装済LD-10特製ディフューザーキャップ付き!を居間のテーブルにどんと立てて、引き続き一人宴会を楽しむことにしました。
「わははは、風情があるなあ・・・これ一つで居間は充分明るいし・・・おっと、冷蔵庫のビールもぬるくならないうちに・・・」
とかやってると、廊下を隔てた向かいの部屋から大声の会話が聞こえ、しばらくしてドアを開く音が・・・
で、こちらもドアを開けてみると、モンゴルのご夫婦のようで、ちゃんと服をきて出て行こうとされてたようです。
「サイバンノー・・・あっ、あーゆー、おっけい???」と、あとのモンゴル語が続かなかったのですが・・・
階段方向をディフューザーレンズを跳ね上げてハイにしたMC-10で照らしてあげると、おおっ、と一瞬驚いて笑顔になり、たぶん「バイルラー(ありがとう)」といわれたと思うのですが、よく聞き取れませんでした。

で、ふたたび居間に戻り、「ま、これ以上は飲まずに寝た方がいいな・・・」と、いつでも外に出られるように荷物をまとめ枕もとにライトをならべて、ようやく横になったところで・・・一斉に灯りが点きました・・・・
この間、一時間もないくらいでしたが、テレビも見られるし、仕方がないので・・・一人宴会を再開したとゆー次第・・・

で、翌朝はとーぜん二日酔い、ウランバートルでも高度は1300m以上ありますから、けっこう廻るのであります・・・といいつつ、朝食バイキングはしっかりと食べ、この日の午前中は日本人墓地に参拝であります。

ウランバール近郊で現在立ち入りが可能な日本人墓地は2箇所あるそうですが、
そのうちのダンバダルジャー墓地に向かいます。
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ちょうど朝の通勤・通学時間で、市内中心部に向かう反対車線では、あちこちでバス待ち客が見られましたが、特にバス停の表示のないところもあったのですが、これは一体、何を待っているのか・・・ちなみにウランバートルでは、正規のタクシーより白タクのほうがはるかに多いそうです。

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こちらがダンバダルジャー墓地、三角の明かり取りのある建物は博物館であります。

博物館内の様子・・・
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博物館を過ぎ、この広場をさらに登ったところが慰霊碑であります。
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みんなで線香を捧げ、合掌します。
ほぼ全員が数珠を持参、様々な宗派の読経が一斉に聞こえてきたのはさすがでした。

モンゴルでは約2万人の日本人将兵が戦後、ソ連軍によって強制労働に従事させられ、うち約2000名が再び生きて日本に帰ることなく、モンゴルの土になったといわれています。
日本の方向を指し示すプレートを見ていると、不覚にも涙がこみ上げてきました。

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諸士よ、祖国日本は、
見事に復興しました。
モンゴルに安らかに眠って下さい。
昭和41年8月20日の日付が入った、このような碑文もありました・・・

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ゲートの横には花りんごが咲いてました。
ちなみに日本モンゴル親善協会では、ここに桜を植林する計画があるそうで、今回のイベントに合わせて、桜がご専門の樹木医さんも日本から来られてました。

さて、この日の午後がいよいよ子どもたちとの植林イベントの本番、空港道路の植林地へ向かうのですが、ウランバートル市内に戻ってレストランで昼食をとる余裕はなく、テレルジから流れる川の河原で日本食のお弁当であります。
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で、反対側(上流側)を見ると・・・

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おおっ、やってる、やってる!
わたくし、モンゴルで川下りとゆーかダッキーとゆーかカヤックとゆーか、
そもそもフネ自体を見たのはこれがはじめて・・・

いそいでお弁当をかき込んで、様子を見に行ったのですが・・・
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訊けばインターナショナルスクールで集まった世界の若者たち、日本人もいて(阪神タイガースキャップの青年ではなく反対側)、テレルジから4日間かけてウランバートルまで下ってきたそうで、どこまで行くのか、と訊いたら、あと3日間で行けるとこまでとのことでした。この川はバイカル湖に注ぐのですが、無事に河口まで下れたのでしょうか・・・

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彼らも昼食を終え、出発であります。いいなあ・・・
ダッキーもわたくしのより、いいのに乗ってるし・・・

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「ボン・ボヤージュ! 良い川下りを! 良いキャンプを!  HAVE A NICE TRIP!!!」と、
あらん限りの声で見送りました。

さて、昼食後には空港道路まで行って、いよいよ子どもたちとの植林イベントであります。

(次号に続きます。)

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今回は、いよいよモンゴルでの子どもたちとの植林記事であります。

今回の植林ツアーについては、東日本大震災の影響で関東からの参加者のキャンセルも相次ぎ、三月末の時点ではいったん延期したうえで、目的地を東北の被災林などに変更してはどうかとの意見も内部にはありました。
でも、モンゴル政府がいち早く救援の手を差し伸べてくれたり、全ての公務員が一日分の給料を寄付してくれたり、企業ぐるみの支援から、寒いだろうからと家族で作った手作りの毛布をはるばる馬に乗ってウランバートルの支援窓口まで届けてくれた遊牧民まで、まさに国を挙げての支援をモンゴルからいただいたので、それらへの
お礼のメッセージを書いたTシャツを作製のうえ、ハポンはこのとおり元気です、みなさん、ご支援ありがとう! と、お礼の意味も込めて実施することにしたのであります。

わたくし、木に関しては全くの素人なんですが、今回の参加にあたっては、北海道大学大学院環境科学院のHPや環境省のHPなどで、少しはモンゴルの植生などについて調べてみました。

わたくしなりの理解で誤解もあると思いますが、日本の4倍以上のモンゴルの国土のうち、森林面積は8%ほど、その大部分はシベリアの凍土森林地帯に近い北部にあり、南のゴビなど沙漠地帯を除けば、残りは大部分が草原で、この草原の維持には、うまく環境や季節に適合した伝統的な遊牧と森林の存在が大きく関わっているようであります。

伝統的なモンゴルの遊牧では、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ラクダのいわゆる「五畜」のうち、地域に応じた組み合わせと頭数で、それぞれ数種類が広範囲に放牧され、そのことによって多種多様な草(日本の草原では1㎡あたり10種、モンゴルでは30種以上)を育んできたようで、放牧が過度であっても、逆に少なすぎても、草の種類が減少することが判明しているそうです。そして国土の8%を占める森林が、草原の水源涵養や、草原を流れる河川の流量調節に大きな役割を果たしている、と・・・

そう、じつに1000年以上、過酷な環境でうまく遊牧して、生活と環境のバランスを維持してきた、ということであります。このあたり、定住農耕で多様な生態系を維持してきた日本の里山とは対照的ですが、どちらも持続性では共通していますね。

それが近年になって、森林や草原の面積が減り、沙漠化が進んでいるのが明らかになってきたのであります。そして、もともと寒冷で乾燥した過酷な環境ですから、いったんサイクルが壊れると再生するのはきわめて困難、今回の現地添乗員さんの実感でも、年を追うごとに草が短くなってきています、とのことでした。

原因については、地球規模での温暖化は別としても、森林の伐採や鉱山開発、人口の増加やクルマの草原への進入、また、草の根元まで食べてしまうカシミヤ山羊の過放牧(ちなみに増産したカシミヤの主要輸出国は日本であります。)など、様々な要因が輻輳しているようにわたくしは思いましたが、このあたりは議論も分かれているようです。

もともとあったモンゴル大草原での遊牧は、ボルネオ熱帯雨林の焼き畑や日本の里山同様、持続可能な生活手段であったはず・・・それを考えると、遊牧民の定住化や工業化による都市部への集中がいいのか、効率優先でカシミヤなどを増産することは、環境破壊、沙漠化につながるのではないか、一方で、国民全体の生活水準の向上もまだまだ必要ですから、ここはやはり、発展と環境保護とのバランスを見据えた規制と誘導が最重要、と思っていたのですが・・・

昨年、モンゴル科学アカデミー地理研究所所長のドルジゴトフ博士がウランバートルの日本センターでの講演後の質疑で、荒廃した自然をどうすれば再生できるか、との質問に対し、「木が(モンゴルで)本格的に育つには100年から150年かかります。保護するのは責任者だけの問題ではなく、自然に対する意識を、小さい時から育てていく必要があります。」と答えておられたという、北大のHPにあった記事が、わたくしには特に印象に残りました。
~世界の子どもたちに「木を植え育てる心」をはぐくむ~
という、わがボランティア隊の目的のひとつを、あらためて認識した次第であります。

さて・・・

今回の植林は、日本モンゴル親善協会が環境保護・緑化プロジェクトとして実施している、空港道路沿いの緑化イベントに共同参画、現地の子どもたちと一緒に、モンゴルではもっとも多く見られるカラマツなどの苗木を植えよう、というものであります。
子どもの頃に日本人と一緒に植えた苗木が大人になった頃には大きく成長し、やがて豊かな環境をもたらしてくれる・・・
このことを実際に体験できるのは現地でも子どもたちだけですし、彼らが大人になってそのことを実感した時、かならずその子どもたちにも、「木を植え育てる心」を引き継いでくれることでしょう。

今回は植林に合わせて、いろんなセレモニーやイベントもあるので、早めに会場に到着して準備であります。
こちらが設営中の来賓用テント・・・
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うしろに見える校舎が、今回の主役である生徒たちの通う、小中高一緒になった学校。
隊員はすでに、
東日本大震災支援へのお礼のメッセージを書いた緑色のTシャツを着用していますが、今回はこれを270枚持ってきて、地元の子どもたちにプレゼントして着てもらい、一緒に木を植えようとゆーことなのであります。

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学校の先生にもすでに着てもらいましたが、こちらが、準備中のイベント舞台、柵の中が今回の植林地であります。このあたりを中心に、約6kmの空港道路沿いを、親善協会の手で徐々に植林しているのであります。

で、わたくしの今回のお仕事は、「Tシャツ配布係り」とゆーことで、集合した子どもたちに、サイズごとに並んでもらい、順序良く全員にTシャツを着てもらおうとゆーお役目・・・

ところが集まってきたのは・・・
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って、おいおい・・・話がちがうじゃないか・・・


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ううっ、この上からTシャツを着せるのは至難の技・・・
それに、こっちのほうがずっとかわゆいし・・・

ま、仕方がないので・・・
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わははは、しあわせじゃあ・・・

って、こんなことしてる場合じゃなかった・・・

と、あわてて学校の先生に教室に残っている生徒たちを呼んできてもらい・・・
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まあ、植林要員には、無事にTシャツを配布することができました。
(民族衣装の子どもたちには、イベントのあとで校長先生から渡していただきました。)

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って、Tシャツ着てから、モンゴル相撲の練習をするんじゃありません!!

とかいってるうちに、いよいよセレモニーがはじまり・・・

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忙しい中わざわざ来ていただいた、駐モンゴル日本大使の挨拶が始まる頃には、
かなり雨と風が強くなってきたのですが・・・

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我がN.GKS澤井代表や親善協会、協力いただいた行政機関の挨拶などが続き・・・


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その後、子どもたちの踊りや・・・


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馬頭琴の独奏などが次々と・・・

降りしきる雨の中でも背後の警察関係者をはじめ傘をさす人はほとんどいませんでした。
モンゴルでは雨は少なく降っても短時間ですし、たまに降る雨は恵みをもたらす宝物、来客とともに雨が降れば、幸せを運んで来たと歓待されるそうです。ちなみにこちらの警察のみなさんも、今回一緒に植林に参加していただきました。

ありゃ、あちらの一団は・・・陸軍迷彩とは少しちがう制服・・・
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訊けば空港税関のみなさんだそうで、やはり今回の植林に参加されるとか・・・

で、さっそく・・・
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わははは、しあわせじゃあ・・・

とかやってるうちにセレモニーも終わり、いよいよ子どもたちと植林であります。
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植林用の穴は、あらかじめ陸軍が掘ってくれてたとのことであります。 
で、ご覧のとおり、この頃になると雨も上がり、陽が差してきました。

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子どもたちや、多くの人たちの協力で、たちまち500本の植林が完了・・・


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「木を植える作業はどうだった?」
「とても楽しかったよ!」
といった簡単な会話も、残念ながら現地添乗員さんの通訳によるもの・・・
ま、英語風大阪弁も少しは通じましたが・・・
みんな素直で無邪気で明るくて、ほんとに素晴らしい子どもたちでした。

隊員各自が持ち寄った日本のお菓子や文房具は、まとめて校長先生に渡したのですが、
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みんなきちんと並んで順番に正門前で受け取り、教室に戻って行きました。

いやあ、ともかく無事に終えることができて、よかった、よかった・・・

ま、出発時にバスがスタック!とゆーアクシデントもありましたが
こちらが廻り道して確認してきた5年前の植林地・・・
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ほとんど剪定はしていないようですが、大部分は無事に根付いてくれてました。
それにしてもボルネオはもちろん内蒙古に較べても、やはり成長は遅いようです・・・

で、いったんウランバートル市内に戻り、別のホテルでシャワーだけ借りてから、
親善協会主催のレセプションに出席・・・
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もとのチェコ領事館が入っていたという格式あるビルが会場で、ふたたび駈けつけていただいた日本大使や各界著名人のご挨拶、この日が80歳の誕生日だった澤井代表のケーキカットなどがあったのですが、植林時と同じ格好のわたくしは、ひたすら、ばくばく、もぐもぐ、んぐんぐと鯨飲馬食・・・
日本風のかき揚げや牛肉のしぐれ煮、モンゴルでは初めての黒ビールや高級スコッチが旨かったです・・・

で、夕暮れ迫る(といっても、もう10時前ですが・・・)空港道路をひた走り、
一路チンギス・ハーン空港へ・・・
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(先ほど紹介した5年前の植林地を、再度通過した時の画像であります。)

で、ようやく暗くなったチンギス・ハーン空港に到着、ここからは23:50にテイクオフ、三時間のフライトと一時間の時差によって翌3:50にはソウル・インチョン空港にランディング・・・
のはずだった、大韓航空機の到着が三時間近く遅れてて・・・

まあ、仕方がないので・・・
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モンゴル最後の夜を、空港内のコーヒーショップ(カフェ)で楽しんだ次第であります。

わははは、しあわせじゃったあ・・・

(モンゴル国内は今回でおしまい、次回「番外ソウル編」に続きます。)

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モンゴルでの日程は前回植林記事でおしまい、今回は番外ソウル編・・・

結局、ウランバートルのチンギス・ハーン空港を予定より二時間半も遅れて、
なんと午前2時20分に離陸した大韓航空機内では、
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ビールをお願いすると、こんなのがでてきました。
いやあ、モンゴル・韓国間の便で、フィジーのビールが飲めるなんてラッキーだなあ・・・
って、親善協会のレセプションからバス、空港のカフェから待合室・・・ずっと飲んだり、うたた寝したりの生活だなあ・・・と、飲んだり、うたた寝していると、すぐに朝食の機内食がでてきて、3時間のフライトでソウル近郊インチョン空港に着陸・・・
韓国は日本と同じでモンゴルより1時間遅れになりますから、ソウル市内のホテルに着いたのは、すでに朝の7時を過ぎてました。
で、とりあえずシャワーを浴びて仮眠、昼前にホテルを出て、さすがに食欲のないみなさんのために用意されたのは・・・
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韓一会館名物の、栄養満点で消化の良い牛スープ・・・
って、おいしいキムチや塩辛なんぞが食べ放題なもんで、韓国ビールやご飯もついついおかわりしてしまいました。ソウルでも、この日の午後と翌日の午前が観光という変則的なスケジュールだったんですが食事はすべて韓国料理、どのお店でもキムチなどは食べ放題だったのが、わたくしにはうれしい限りでした。うふっ

で、この日は、新羅免税店でのお買い物から青瓦台(大統領官邸)付近を通って景福宮見学、その後は現大統領が現代建設の社長からソウル市長になった際、公約どおり復活させ大統領への足がかりとなった清渓川(チョンゲチョン)を歩き、明洞(ミョンドン)から南大門市場(ナンデモンシジャン)、焼肉店での夕食後は東大門市場(トンデモンシジャン)へと、まさに「ソウルお買い物ツアー」の王道のようなコースを廻りました。

わたくしソウルでは、南大門市場にあるサープラスショップが並ぶ路地が今回のお目当て、様々なライト類やミリタリーグッズ、強力なレーザーポインターなんかもあったのですが、さすがに写真を撮るような雰囲気ではありませんでした・・・
現地添乗員さんにおおまかな場所を訊いて、一人で探して行ったのですが、心配になって見に来てくれた添乗員さんにミリタリーグッズやライト類の解説を延々としてたら、あっとゆー間に集合時間になり、殆ど買い物はできませんでした。あは

でまあ、今回は、ソウル市内で印象に残った画像なんぞを、てきとーにさくさくっとご紹介・・・

景福宮で、宮廷官吏に迎えられるのは・・・
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チャングムの誓い!!!
・・・って、韓国宮廷ドラマ好きには聖地なんでしょうねえ・・・ここ

明洞(ミョンドン)にて・・・
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うーむ、この回は見逃したなあ・・・トリビアの泉・・・

復活した清渓川のせせらぎと遊歩道・・・
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ちなみに、この橋はとても古い石橋、せせらぎ復活前は、高速道路の下の道路のさらに下の下水道に埋もれていたそうで、隊員には造園、土木、建築の関係者もいましたので、熱心に解説を聴きながら歩いてました。

こちらは南大門市場の表通り・・・
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ここではミリタリーショップの路地だけでなく、他の路地にも入りたかったのですが・・・
添乗員さんへの商品説明に時間をとられましてですね・・・でへへへ

で、夕食は待ちに待った焼き肉店「えーやんか」・・・って、なんで大阪弁やねんっ!
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例によって、メインの焼き肉が出たとたん、食べるのに夢中になり・・・


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完食してからの画像しかありませんが・・・


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ま、追加注文した冷麺は食べてる途中で撮影する余裕ができました・・・あは

で、夕食後は東大門市場へ、わたくしは東大門デザインプラザの地下にあるアウトドアショップの集まったフロアに行ったのですが、欧米一流ブランドのブースがずらりと並んでおり、お値段も日本で定価で買うよりちとお安い、とゆー感じでした。ま、一流ブランドにはあまり興味のないわたくしは、ざっと見ただけでコーヒーショップで時間を潰して、バスでホテルへ向かいました。

(次回最終回、番外DMZ編に続きます。)

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2011モンゴル紀行の最終回は、番外DMZ編!であります。

ウランバートルから朝7時にソウルのホテルに着き、三時間弱の仮眠だけで夜まで市内を観光したわたくし、ほんとは一人で夜の街に出て、せめてコンビニでカップ麺とビールぐらいは買いたかったのですが、さすがにこの夜は、自室で残り酒を飲んだだけで、日付が変わる前に寝てしまいました。

で、翌日のホテルでの朝食後は一路、烏頭山統一展望台へ・・・
この日は午前中だけですが、いちおー「DMZツアー」の予定だったのであります。

DMZ・・・DeMilitarized Zone、いわゆる「非武装中立地帯」であります。

東西ドイツが統一された今、残っているのは韓半島の38度線だけで、最近の韓国映画でもいくつか取り上げられ、ご承知の方も多いと思いますが、背景をざっと整理しておくと・・・

現在でも北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)との間には、正確には国境というものはなく1953年7月27日に休戦協定が発効したときの、陸上で両軍が対峙していた最前線をそのまま繋いだだけの軍事境界線(MDL・・・Military Demarcation Line)が事実上の国境となっているのであります。ですから、一般に38度線とはいっても、西部では軍事境界線は北緯38度より南側ですし、東部では逆に北側になっています。
で、このMDLでの武力衝突を避けるため、そこから南北双方に原則幅2kmにわたって定められたのが非武装中立地帯DMZ、韓国側ではさらにその南側の一部に、民間人統制線(CCL・・・Civilian Control Line)が定められているのであります。

今回訪問した烏頭山統一展望台は、北から流れてくる臨津江(イムジンガン)と、南から流れてくる漢江(ハンガン)が一つに合流してやがて黄海に注ぐ、まさにその合流点を眼下に望む位置にあるのですが、このあたりでは川の真ん中が軍事境界線MDLになっており、その南北の川幅そのものがDMZになっているのであります。

ま、ソウルもちょうどこの日から梅雨入り、とゆーことで、DMZツアーにはあいにくのお天気だったのですが、ソウルから北に向けて、漢江沿いの「自由路」をひた走ると、やがて・・・
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あちこちに監視所が目立ち始めます。
ちなみにこの「自由路」、戦車の走行にも耐え、戦闘機が離着陸できるだけの耐荷重や直線距離や幅員などが備えられています・・・

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監視所の窓に映る、銃を持った兵士のシルエットがお分かりでしょうか・・・
この鉄条網は民間人統制線(CCL)境界で、内部へは厳しくチェックされた地元の農民と漁民しか下りることができません。
このあたりの対岸はまだ韓国なんですが、夜陰に乗じて川から潜入される可能性があるためCCLが設定されているとのこと。なので、このあたりの河原でキャンプ宴会したり、川下り宴会したりするのはおそらく命がけ・・・

漢江沿いから臨津江沿いへ曲がる手前で自由路からはずれ、つづら折れになった坂を烏頭山の頂上まで登りつめると・・・

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緑の山の中に、どどーんと立派な展望台が現れます。

晴れた日には対岸(北朝鮮側)の様子がくっきりと見える山頂の広場にはこんなものが・・・
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先祖のお墓が北にあり墓参ができない方々は、お盆などにはここで供養されるそうであります。

で、周囲にはそれらしいポストも・・・

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「わっ、わたくし、けっして川を渡ってきたわけでは・・・いっ、いや、濡れているのはただの汗でして・・・そりゃあ、たしかに目立ちにくい服装はしてますが、これはまあ、好みとゆーやつで・・・へらへらへら・・・」
と、なんとかセキュリティチェックをすり抜け・・・って、今は誰でも自由に中に入れるのですが、少し前までは民間人統制線のないこの展望台でも、ほんとに軍による厳しい入山チェックがあったそうです。

で、中に入ったわたくしを、まず出迎えてくれたのは・・・
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おおっ、あのJSAの主人公たちが・・・

とーぜん、記念撮影はこちらの方と・・・でへへへ
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ちなみに、この展望台からイムジン川の上流を渡ってクルマで20分ほど走れば、軍事境界線上に唯一存在する、あの共同警備区域JSA・・・Joint Security Areaの「板門店」なのですが、さすがにJSAへは事前の申し込みから「撃たれても文句は言いません。」という誓約書や、徹底した身体検査、さらには軍服に類似した服装の着用禁止!などの厳しいルールや事前審査があり、今回は残念ながら行けませんでした。

入館すると外国人は4階、韓国人は3階にある全く同じ円形展望ホールに案内され・・・
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対岸を眺めながら(って、この日は殆ど見えませんでしたが・・・)歴史や現状について、
映像と英語音声での説明を受けます。

ホールの前方に置いてあるのが、この展望台周辺のジオラマ・・・
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ご覧のとおり、右上(北側)から流れてきた臨津江(イムジン河)と、左下(南側)から流れてきた漢江(ハンガン)がここで合流、左上へ流れて黄海に注ぐのですが、赤と青のテープが示すとおり、川の中央が軍事境界線、で中央からの川幅自体が、それぞれの非武装中立地帯DMZになっているのであります。

ちなみに画像左上のあたりから上(北)に曲がって黄海になるのですが、前述のように合意された軍事境界線は陸上のみ、黄海上では南の主張する北方限界線(NLL・・・Northern Limit Line)と、北の主張する海上の軍事境界線が交錯しており、こちらの河口の沖合に、昨年秋に大規模な砲撃事件のあった延坪島があります。

で、画像手前の山頂にあるのが・・・
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今まさにわたくしがいる烏頭山統一展望台、この青い円形部分の最上階です。

ちなみにここでの川幅はテープが示すように3200mですから、南北1600mずつのDMZ、とゆーことになります。ジオラマをよくみると、南北両岸ともに、厳重な川岸のフェンスが再現されていますね。
さらにちなみに、ここから下流は干満の差も激しく、黄海が入りこんでますから、合意された陸上の軍事境界線は、ちょうどこのテープのあたりが西の起点、ということだと思うんですが、わたくし詳しくは調べられませんでした。

で、実際の展望台からの様子・・・
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この日は梅雨入り、中央に僅かに黒く浮かび上がっているのが対岸(北朝鮮側)です。

ま、画像がこれだけ、とゆーのもなんなので、わたくし決死の潜入撮影をば・・・

軍事境界線まで行った時の様子・・・
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なぜかモノクロ撮影、兵士の制服や小銃も、どーゆーわけか旧式ですが・・・

凛々しいセーラー服の水兵さんもいました。うふっ
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JSA板門店の様子・・・
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って、こちらも制服や建物が古いですが・・・手前は野戦用テントだし・・・

付近に展開していた、最新装備の米軍・・・
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ま、個人携行用の対戦車装備の形状は大戦以来、あまり変わってませんね・・・

潜入してきた小型潜航艇・・・
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決死の潜入撮影を終えて、DMZ内の地雷原でお昼寝なんかしていると・・・
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なにやら頭上を探るものが・・・

とまあ、以上の画像は展望台に展示されていたパネルからなんですが、それ以外にも・・・

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北のファッションや、南北のミリタリーグッズなども展示されており、もっとゆっくりと見学したかったのですが、この日の午後の便で帰国するため、時間がありませんでした・・・次回はぜひJSAにも・・・完全装備で・・・

で、この後、インチョン空港への途上でビビンパとビールの昼食を食べ、夕方には関西空港に帰り着き、約一週間のモンゴル植林ツアーの全行程を無事に終えた、とゆー次第なのであります。

今回のモンゴル植林ツアーについては、東日本大震災の影響により、一時は延期や目的地変更も検討したのですが、最終的には、震災支援へのお礼のメッセージを書いたTシャツを作製し子どもたちに着てもらい実施することにしましたが、当初の予定どおりモンゴルの子どもたちと一緒に木を植えることができて、本当によかったと思っています。

また今回は、終戦後の2年間モンゴルで強制労働に従事させられ、故郷を見ることなく死んでいった将兵たちが眠っているウランバートル近郊の日本人墓地や、東西冷戦の負の遺産ともいうべき、韓半島の非武装中立地帯DMZにも行きました。

DMZについては、南北1000人ずつの監視員のみに入域制限している上に地雷原もいっぱいで、殆ど人間が入らずに60年が経過したため、激戦地が今や韓国では貴重な自然の宝庫になっている、という皮肉な結果にもなっています。

人類の営みによる沙漠化や荒漠地化をくい止める本筋は、やはり環境を考えた持続性のある発展でしょう。ただ、いったんその地域で紛争が起きればすべては「おじゃん」、ともかく紛争が起きないようにすることも重要です。紛争がなく、環境への意識を持てば、人類がある程度豊かに暮らしていけるだけの恵みは地球が与えてくれるはず。

以前にも書きましたが、過去の紛争の原因は宗教や思想、民族の対立など、いろいろ云われてますが、それぞれの当時の状況を見ると、その殆どの背景には、貧困や富の偏りの問題があります。沙漠化、荒漠地化が進んでいる地域の多くは貧困や富の偏りの問題を抱えており、今後は紛争の火種にもなるでしょう。その前に、沙漠化、荒漠地化をくい止め、本来の豊かさを取り戻すためには、やはり国際的な協力と意識の変革が不可欠・・・

現地の子どもたちと一緒に木を植えるという、わたくしたちの活動にも意義はある、と確信している次第なのであります。

なんか、えらそうなことを書きましたが、ま、お気楽にできる範囲で、今後もぼちぼちと続けていきたいと思っています。
来年はボルネオの熱帯雨林で、現地の子どもたちと一緒に木を植える予定ですので、機会があればご一緒しましょう。

(2011モンゴル紀行はおしまい、次回からいつもの記事に戻ります。ご愛読ありがとうございました。)
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